天使は二度突き落とされる

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 天使族。背中に美しい純白の翼を持つ美しい種族で幸福をもたらされると言われている。  目の前にその天使族の青年が倒れていた。美しいと言われる翼は傷だらけで全身至る所が血と泥で汚れている。 「面倒だな……」  天使族を見付けた人間の青年は大きく溜め息を吐いた。  人里離れた崖の上にある家に彼は暮らしていた。家は今にも倒壊しそうな程古く、そこに一人で住んでいる。  しかし今は不本意な客人を招いていた。 「うっ……」  ソファで眠っていた天使族の青年がゆっくり目を開く。  天使族は皆美しいと言われているが、彼も例に漏れず神々しい美貌の持ち主だった。肌は雪のように白く、金糸のように艷やかな髪は鎖骨辺りまで伸びている。開いた瞳は澄んだ空色をしていた。 「目が覚めたか」 「ここは……?」  声を掛けると天使族の青年は戸惑った表情を浮かべる。そして周りを見ようと起き上がろうすると、苦しそうに声を上げソファに逆戻りした。 「急に動くな。傷が痛むだろ」  彼が近くに寄ると天使族の青年が見上げてきた。 「君は一体……。ここはどこなんだ?」  状況が分からず混乱しているのだろう。不安げに空色の瞳を向けてくる青年に一つずつ説明する事にした。 「俺はヤルド。ここは俺の家だ。お前が山の中で倒れてたから運んだ。傷だらけで汚れてたから勝手に手当させて貰った」  迷った挙げ句、彼――ヤルドはこの天使族の青年を介抱した。とりあえずソファに眠らせて手当をしたのだ。その為天使族の青年の体には包帯が巻かれていた。  天使族の青年がゆっくり上体を起こす。そして手当された自分の体を見た。 「これを君が……。助けてくれて感謝する」 「呑気に礼なんて言うんじゃねえよ」  ヤルドは顔を顰めると椅子を跨ぐように座る。そして背凭れに肘を突いて頬杖をした。 「その傷、人間にやられたものだろ? 人間の俺に感謝なんてすんじゃねえ」  傷口を見たが弓矢や投石等によるものだと推測された。要は人間に襲われた所為で翼が傷付き、森に落ちてしまったという事だろう。  ヤルドの推測は当たっていたのだろう。青年はばつが悪そうに俯いた。 「確かに飛んでいるところを人間に襲われたが……。でも君が助けてくれたのは事実だろう」 「全く……」  懲りてない様子の彼にヤルドは舌打ちをする。 「お前を狙った村の連中はな、天使族を幸運をもたらす存在だって盲信する連中だ。崇拝って本人達は言ってるが、実際は天使族を捕らえて地下牢に監禁するんだ。天使族を村に留めれば自分達に加護がもたらされると信じてな」 「そうだったのか、だから私にあんな事を……」  やっと状況を把握した天使族の青年に呆れ果てる。ヤルドは大きく溜め息を吐くと、立ち上がって青年の横にある扉を開けた。吹き込んだ風がヤルドの髪を大きく揺らす。  清廉な見た目の青年とは対照的にヤルドは粗雑な印象の青年だった。髪と瞳はどちらも暗い鳶色で、肌は日に焼けていた。癖の強い髪は布を無造作に巻き付け押さえていて、三白眼で目付きが悪い所為でより一層人相を悪く見せていた。 「傷が癒えるまではここに匿ってやる。ただしこれから言う約束を守れ」 「約束?」 「まず俺の言う事は絶対従う事。勝手に動かれて村人の奴等にばれたら面倒だからな」  戸惑う青年を他所にヤルドは話を続ける。元より彼に拒否権を与えるつもりはなかった。 「それで他には?」  反論する余地はないと判断したのだろう。天使族の青年は少し身構えて尋ねてくる。  やっと危機感を持ち始めたか。ヤルドは彼に体を向けると腕組みをした。 「傷が治ったらさっさとここから出てって、天使族の集落に戻る事。そして二度と人間界に来るな」 「えっ……?」  意外な要求だったのだろう、青年が大きく目を見張りヤルドを見つめる。 「これ以上、こんな事に煩わされるのはごめんなんだよ」  扉を閉めたヤルドは冷めた瞳を天使族の人間に向けた。  天使族の青年はエウィンと言った。彼は素直にヤルドの提示した条件を呑んだ。  そして短い間、天使族との二人暮らしが始まった。尤もそう大きく生活が変わった訳ではなかった。  日中は食料調達の為に山の中を散策する。自給自足な生活は元からでヤルドは猪や兎等の動物を狩ったり、山菜や果実等を採取して糊口を凌いでいた。その日も猪を一匹と山菜と果実を少量手に入れて、帰路に就いた。  家に帰ると慣れた手付きで猪を解体して適当に山菜と煮込んだ。ここでいつもと違うのが分量が少し多い事と、用意する食器類が倍になるというところだ。 「飯、出来たぞ」  ソファで横になって休んでいるエウィンに声を掛ける。そして向かい合って座ると食べ始めた。  ヤルドは食べ慣れた味に普通に食べ進めていく。しかしエウィンは一口食べると固まった。 「どうした?」 「これは、何という料理なんだ?」  食べる手を止めるエウィンに声を掛けると、難しそうな顔をして料理名を尋ねてくる。 「料理名? そんなのねーよ、単に兎の肉と山菜をぶっこんで適当に煮込んで味付けしたスープだ」 「そう、なのか……」  エウィンが複雑そうな顔でスープが盛り付けられた皿を見つめた。 「もしかして天使族には口が合わなかったか。不味いなら食わなくていいから」 「いや、不味いという訳ではないが……。その、随分と野性的な味だな」  作って貰った手前、気を遣っているのだろう。だがエウィンの反応は尤もでヤルドは怒るつもりはなかった。 「どうも料理は苦手なんだよ。上手く出来た試しがねえ」 「それは、大変だな」 「全くだ。だから食事は楽しむものじゃなくて、生きる為の必要なものだって割り切ってる」  ヤルドとて自分が作った料理を美味しいと思った事はない。いつも生臭かったり、具材が硬かったり、焦げてしまったりと何かしら失敗するのだ。自分は一生上手く料理出来ないと諦めている。今日は肉の臭みが少し残ってるだけで、まだましな方だった。  エウィンが何か言いたげな視線を向けてくる。しかしヤルドは若干の気まずさを覚えながらもそれを無視する。  食事の後はエウィンに巻いた包帯を取り替えた。  彼の背後に回り込み翼の包帯を解くと痛々しい傷が露わになる。ヤルドは一瞬顔を顰めたが何も言わず包帯を取った。そして床に置いた瓶を手に取る。 「それは?」  エウィンが顔だけ振り返り不思議そうに瓶を見つめた。 「これは塗り薬だ。山で採った薬草で作った」 「…………」 「不安なのは分かるがこれは大丈夫だからな。前はちゃんと効いたから」  瓶に指を入れて塗り薬を掬う。そして「痛いだろうが我慢しろ」と忠告して傷口に塗る。  エウィンの背中が一瞬震える。しかしヤルド言う通りに痛みを我慢して大人しく手当てを受けていた。  手早く薬を塗って包帯を巻き直す。そして翼以外の傷も同じように処置し直した。 「翼以外の所は掠り傷程度だな。飛べなくなるように翼を集中して狙ったのか……相変わらずだな」  悪態を吐きながらヤルドは慣れた様子で手を動かす。 「終わったぞ。もう動いても大丈夫だ」 「ああ、有難う」  エウィンは礼を言うと翼を少し動かす。 「飛べるようになるにはまだ時間が掛かりそうだな」 「ああ。でも傷が治れば問題ないだろう。ヤルドのお陰だ」 「それなら良かったよ」  半ば投げ遣りに相槌を打つとヤルドは立ち上がる。交換した包帯や薬を片付ける。  仕方なく始めた共同生活であったが、エウィンとの生活は存外悪くなかった。彼が穏やかな性格で一緒にいて心地良いからだろう。  けれどこの生活は一時的なものだ。傷が治って飛べるようになれば出て行って貰う事には変わりない。  ーーこのまま何事も起こらなければ。  ヤルドは薬が入った瓶を見つめると握り締めた。 「どうして?」  崖まで追い詰められた青年が絶望の表情を浮かべる。  彼の背中には翼が生えていたが、左の翼は無惨にも切り落とされていた。 「悪い。これしか方法がないんだ」  呆然と自分を見てくる天使族の青年に謝る。そして彼の両肩を力強く押した。  天使族の青年の悲鳴が響き渡る。  突き落とした彼は暗く淀んだ瞳で崖下を見つめた。 「恨め。お前にはその権利がある」  そう呟いた直後、雨粒が頬に落ちる。すぐにどしゃ降りとなり容赦なく彼を濡らした。  ヤルドが飛び起きた時まだ真夜中だった。 「久し振りにあの夢見たな……」  一瞬ソファに眠るエウィンを見遣る。すっかり目が覚めてしまいヤルドは頭を掻きながらベッドから起きた。エウィンが眠る横を通り抜け扉を開ける。  崖側にある扉は、開くと向こう側の崖と夜空しか見えなかった。扉の外は人が四人程座れる広さに床が張り出ている。柵がなく安全性に欠けるが、ヤルドは躊躇いなく出ると床に座った。  冷たい夜風が頬を撫でる。夜空には月と星が輝いている。 「良い風だな……」 「何してるんだ?」  夜の静寂に目を閉じ身を委ねていると背後から声がした。振り返るとエウィンが不思議そうにヤルドを見ていた。 「起こしたか?」 「いや。何となく目が覚めたらベッドにいなかったから」  エウィンは扉の所で止まると外の景色を凝視する。 「そんな所で見てないでここに来たらどうだ」  床を叩いて隣を促せばエウィンは困惑した様子で見返してくる。 「床が落ちないかびびってるのか? 安心しろ、こう見えても頑丈に出来てる」  小馬鹿にするように笑ってみせると「そういう訳じゃない」とエウィンが苦笑を浮かべる。ヤルドの隣まで来るとそのまま座った。 「綺麗だな」 「そうだろ。ここから見る景色は結構気に入ってるんだ」  感激するようにエウィンが目を細める。  気に入ったようで何よりだ。ヤルドは密かに口の端を上げると夜空を見上げた。 「――ずっと気になってた事があるんだが」  暫く無言で空を眺めているとエウィンが口を開いた。目線を向けると彼が真剣な眼差しでヤルドを見ている。 「どうして私を助けた?」 「はっ?」  意味の分からない質問に思わすヤルドは眉を顰める。 「君は村の人と違って天使族が幸福をもたらすと信じていないのだろう? それなら私を匿う利点はない筈だ。むしろこれが村の人にばれたら君の立場がまずいんじゃないのか?」  空色の瞳が月明かりに照らされて宝石のように輝く。真剣なエウィンを他所に綺麗なものだと呑気に思った。 「別に……見捨てたら寝覚めが悪いと思っただけだ」  しかしすぐに夜空に視線を戻すと物憂げに息を吐く。 「それに村での俺の立場云々は気にしなくていいぞ。あんな奴等こっちから願い下げだからな」 「えっ……?」  エウィンが戸惑いの声を漏らす。ヤルドは顔を顰めると拳を握り締めた。 「あいつ等は俺の両親を見捨てたんだ」  子供の時は両親と一緒に村で暮らしていた。しかしある日彼の両親が病で倒れてしまったのだ。その時まだ無力な子供だったヤルドは必死に村の大人達に助けを求めた。  しかし流行り病だから、近付いたら自分達に伝染ると誰も助けてくれなかった。そして為す術もなく両親は亡くなってしまったのだ。 「そんな事が……。だから村から離れて暮らしてたのか」 「まあ、それだけが理由じゃねえけど」 「?」  不思議そうにエウィンが見ているのが視界に入る。 「とにかく人間ってのは自分は救われて当然だと思うくせに、誰かが助けを求めたら無視をする。そんな腐った連中だ。傷が治ったら二度と人間に近付こうとするなよ」 「でも君は違うだろう。私を助けてくれた」 「都合の良い所だけ切り取って考えるな」  忠告を聞かず懲りる様子のないエウィンを睨む。しかし彼はそれに動じず視線を逸らさなかった。  その凛とした姿にヤルドの方がたじろぐ。 「私の友人は昔人間に囚われた事がある。彼は逃げられないように片翼を切り落とされた」  片翼を切り落とされた。その言葉にヤルドの心臓が嫌な音を立てる。 「君が前に言っていたように彼は地下牢に監禁された。でも傷の手当をして地下牢から出してくれた人間がいるらしい」 「……その友人は今?」  聞くのが恐ろしい。しかし尋ねずにいられず口を開くと、エウィンは優しく微笑んだ。 「無事に仲間に助けられた。飛べなくなったが今も元気に暮らしてる」 「そうか……」  ヤルドはどこか安堵する様子で息を吐く。 「友人はいつも自分を助けてくれた人間の話をしていた。それを聞いて私も人間を見てみたいと思って来たんだ」 「結果この有り様かよ。運が悪いな」  「いいや」  ヤルドは嫌味っぽく笑みを浮かべると、エウィンは真面目に否定した。 「確かに人間に襲われたのは事実だが君が助けてくれた。私は運が良いよ」 「だから、都合の良い所だけ切り取り過ぎだ」  あんなに傷だらけになったというのに。まだ人間を良く思おうとする彼が愚かとしか言いようがない。  ヤルドは吐き捨てるように悪態を口にすると、頭を掻き毟った。 「今日は私が食事を作っていいだろうか?」  傷が大体治り、エウィンが支障なく動けるようになったある日。彼に頼まれてヤルドは何の気なしに頷いた。  エウィンが料理する姿は想像出来なかったが、意外にも手際良く料理をしていく。慣れた様子で食材を切ったり焼いたりしていた。 「出来たぞ。食べようか」 「ああ」  あっという間に出来上がって作り方が全く理解出来なかった。ヤルドは呆気に取られたままステーキを食べた。 「うまっ! これ本当に兎の肉か?」  ヤルドが作った時は臭みが残っていたというのに。感激する彼にエウィンが微笑んだ。 「下味を付けてから焼いたんだ」 「下味……何だそりゃ? 切って焼くだけじゃ駄目なのか?」  聞き慣れない言葉にヤルドは眉を顰める。 「駄目という訳じゃないが……。予め味付けしてから焼いた方が美味しくなるぞ。下味にハーブを入れれば肉の臭みも消せるし」 「そうなのか……」  下味でこうも味が変わるのか。夢中で食べているとエウィンが「美味そうに食べるな」と笑い声を漏らした。 「子供っぽいと思っただろ?」 「別に。口に合って良かったと思っただけだ」  否定はするものの彼は微笑んだままだ。ヤルドは居心地が悪くなり顔を逸らす。  しかし彼と過ごす時間は嫌ではなかった。むしろ一人の時には感じなかった居心地の良さも感じつつあった。  こんな日々が続けば良い。束の間の共同生活だというのにヤルドはそんな事を思ってしまった。  しかし平穏な日々が永遠に続く訳がなかった。  ヤルドは山の中を必死に走って家へと戻っていた。 『ヤルド、家に天使族を匿っているな? 見た者がいるんだ』 『彼は我々のものだ。引き渡せ』  いつものように山で食料を探していたら村人に囲まれた。彼の存在がばれてしまったのだ。 「エウィン!」  大きな音を立てて家の扉を開ければ彼は包帯を取っているところだった。 「どうした? そんなに慌てて」  不思議そうにこちらを見てくる彼の手首を掴む。 「村の奴等にお前を匿ってるのがばれた」 「!」  ヤルドの言葉にエウィンが大きく目を見張った。 「俺の家にお前がいるのを村人が見たらしい。くそっ!」  ばれないように気を付けていたというのに、村の人間がここに来る事を想定していなかった。今まで彼等がヤルドの家に寄り付かなかった為、ここまでは来ないだろうと油断してしまっていた。  包帯が取ったエウィンの姿を見遣る。傷はすっかり消えていた。 「これから村人達が押し寄せて来る。早く逃げろ!」 「でもどうやって……」  途方に暮れるエウィンを引っ張り、崖側の扉を開けて外に出る。 「悪いがここから飛んで逃げてくれ。翼はもう大丈夫な筈だ。このまま天使族の集落に戻れ」  本当は飛ぶ練習をさせてから帰らせてやりたかった。しかし村人にばれてしまった以上一刻の猶予もない。  ヤルドの指示にエウィンが困ったように眉を下げる。 「無茶を言ってるのは分かってる。でも時間がないんだ」 「君はどうするんだ。今の私は一人で飛べたとしても、君を抱えては飛べない」 「この期に及んで何言ってんだよ!」  自分と逃げようと考えているエウィンに心底呆れ果てる。掴んでいた手首を乱暴に離した。  しかしエウィンは引かなかった。真っ直ぐヤルドを見つめて動かない。  頑なな彼にヤルドは顔を歪ませる。拳を握り締めると睨んだ。 「俺はな昔、天使族を殺したんだよ」 「えっ……?」  突然の告白にエウィンが驚いて言葉を失う。 「そいつが飛べないのは分かってた。でもこうして崖まで追い詰めて突き落としたんだ」  突き落とした時の彼の絶望した顔が脳裏に過る。  ヤルドはエウィンに一歩近付く。すると彼は遠ざかるように一歩引いた。  怯えたような表情をする彼にヤルドは安堵する。そしてさらに近付いた。 「だからエウィン。お前に俺を恨む権利はあっても、助ける義理はないんだよ」  そう言った直後、あの時と同じようにエウィンを思い切り突き飛ばす。彼は呆然としたまま落ちていった。  背後から大きな音が聞こえる。振り返ると斧で扉が壊されるところだった。  ヤルドは家へと戻ると崖側の扉を閉める。すぐに扉は壊され村人達が押し入って来た。  後ろで大きな羽音が聞こえた――気がする。  ヤルドが口の端を上げた直後、村人に殴られ彼の意識は暗闇へ沈んでいった。 「折角村からの追放だけで済ませてやったのに」 「天使を逃がしたあの時に処刑すべきだったんだ」  エウィンを逃がしてから数日後、ヤルドは処刑される事になった。  両手を縄で縛られ乱暴に背中を押されながら山の中を進む。そして開けば場所に出るとそこは崖だった。  二度も天使族を崖から突き落とした。その自分の処刑方法が崖からの飛び降りなんて何と滑稽なのだろう。ヤルドは密かに自嘲する。  崖の際に立たされる。下を見ると地面は全く見えず暗闇しか広がっていなかった。 「最後に何か言う事はあるか?」  ヤルドを繋ぐ縄を握っている村人が声を掛けてくる。 「このくそ野郎共。地獄に落ちろ」  悪態を吐くと頬を殴られる。ヤルドは何とかその場に踏み止まると嘲笑を浮かべた。  尋問という拷問を受けた所為で全身痛い。散々な状態だが見上げる空は澄んだような青だ。  ふとエウィンの瞳の同じ色だと呑気に思う。もう死ぬというのに不思議と心は穏やかだった。  優しい風が吹いてくる。ヤルドは静かに目を閉じると穏やかに微笑んだ。 「悪くない風だ」  処刑される寸前だというのに嫌に落ち着いているヤルドに、村人達は不気味に感じたのか口々に罵倒してきた。けれど罵倒は彼にとって雑音でしかなかった。  背中を蹴られ奈落の底へと落ちていく。ヤルドは自分の死を受け入れようとした――時だった。  大きな羽音が間近で聞こえたかと思うと体が浮遊した。  村人達の騒がしい声が聞こえるが何を言ってるのか分からない。 「君は自分の都合の悪いところだけ切り抜き過ぎだ」  聞き慣れた声にヤルドは目を開ける。  エウィンだった。彼が落ちていくヤルドを空中で受け止めたのだ。 「どうして……?」  助けに来ないように突き放したというのに。呆然とするとエウィンが眉間に皺を寄せた。 「天使族を殺したって……。逃がそうとしてどうしようもなくなったから突き落としたんだろう。私の時も……友人の時も」 「友人の時も……?」  どうしてそこで友人が出るのか。少し考えてヤルドはまさかと目を見張った。 「やっぱりあの時俺が突き落とした天使族は……」 「あの夜話した私の友人だ。全く、事情を知らなかったら君を見捨てるかもしれなかったんだぞ」 「俺はそれを期待して言ったんだけどな」 「ヤルド」  空色の瞳で睨まれ視線を逸らす。 「でもお前のあの時の奴も無事で良かったよ」  思わず呟くとエウィンが固まる。そして大きく溜め息を吐いた。 「全く君って人間は……」 「何だよその言い方。つかこの抱え方何とかしろ。横抱きなんてされたくねえ」 「暫く我慢しろ。死ぬよりましだろ?」 「いや、俺の中の大切な何かが死ぬから!」  ヤルドは暴れたが、空ではエウィンの独壇場で全く通用しなかったのだった。  
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