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――あれ、ここは……。
頭が痛い。
体を起こして、目を擦った。
ん? ああ、俺の家だ。
記憶があんまりない。
枕元に置いていたスマホを見てみる。メッセージがニ件。
星羅からのメッセージが、連投で送られてきていた。
『久しぶりに西原君と飲めて楽しかったよ!』
『書類、しっかり預かったからね!』
星羅、律儀なやつだな……跳ねた髪を触りながら、一人ニヤける。
まあそれはいいとして、書類って何だっけ……全く思い出せない。
「あれ、今日って金曜日じゃ……」
頭が真っ白になった。
スマホのロック画面には、金曜日の文字が見える。
そして時刻は……。
「やばい、遅刻だ!」
全身の血の気が引く感覚。
しまった……星羅との飲み会だからって、つい飲み過ぎてしまった。
寝巻きにしているスウェットを脱いで、一度シャワーへ。
冷水のまま頭だけ濡らした。すぐにドライヤーで乾かす。
歯磨きも速攻で終わらせ、スーツ姿になった。
ここまで、約十分。
朝の準備時間、俺の中で最速記録だ。
二時間ほどの遅刻。
電車の中で、上司に腹痛のため遅れていると嘘の連絡をする。
返信はない。
怒っているのか……それとも呆れているのか。
もしくは俺なんかいなくてもいい存在だから……無視しているのか。
それでも、行かないと。
行って、誠心誠意謝罪して、気持ちを入れ替えて頑張りますって言わないと。
今度こそ一人前の営業マンとして、数字を上げるって言わないと。
星羅から言われた通り、自信を持つんだ。
会社に入って、自分のデスクに向かう。
すると、俺のデスクはなくなっていた。
「は?」
振り返ると上司が立っていた。
「西原、どうしてここにいるんだ?」
「ど、どういうことですか?」
上司が一枚の用紙を、俺の眼前に出す。
『営業三課への異動、及び減給に関する同意書』
……何だこれ。
営業三課って……会社のお荷物と呼ばれている、窓際族が集まる部署じゃないか。
しかもこれ、俺のサインだ。
しっかり印まで押してある。
「これって……」
上司は一度鼻で笑った後に、自分の席に着いた。
座りながら「管理部の人から受け取ったんだ。良かったよ、会社がしっかり判断してくれて」と棘のある声で言う。
その時に、さっきの星羅のメッセージが頭に浮かんだ。
『書類、しっかり預かったからね!』
星羅のやつ……俺を嵌めたっていうのか?
いや、待てよ。
そもそも、こんな身勝手な判断、会社がしていいわけがない。
社員の給料を減らすなんてこと、あってはいけないんだ。
俺の考えていることがわかったのか、上司が「会社を訴えるなんて馬鹿なこと考えるなよ」と、パソコンを弄りながら言った。
「俺の勝手です! こんなこと、あってはならない!」
「あのさ、同意って意味知ってるか? お前はこの通告を受け入れたんだよ。きっちり印まで押してるだろ」
「でも、正常な判断ができない状態でしたし……こんなの詐欺ですよ!」
他の社員がいる中、俺は声を荒げた。
上司は俺との会話が面倒になったのか、耳をほじりながら「知らねーよ」と小声で返してきた。
もう、上司とでは埒があかない。
管理部のデスクまで向かう。
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