管理部まもる課天使係

6/6
前へ
/6ページ
次へ
 ……あ。  星羅が席を立って、エレベーターホールに向かったのが見えた。  急いで後を追う。 「くそっ」  星羅が乗ったエレベーターには乗れなかった。  この時間に下に降りたってことは、一階にあるメール室に向かったんだ。  もう一機のエレベーターは、まだまだ到着しそうにない。  俺は全力で階段を下った。 「星羅!」  メール室に入る前に、大きな声で星羅を呼ぶ。  星羅の足が、ピタッと止まった。 「あ、西原君! 昨日はありがとう!」  呼吸を整えながら、星羅の前まで向かう。  肩で息をしながら、何とか声を振り絞った。 「星羅、どういうことだ? どうして俺、異動になってんだよ?」 「え? 覚えてないの? 西原君に提案したら、あっさり承諾したじゃない」 「待ってくれよ。昨日、酔った状態の俺に、その話したのか?」 「あれ、西原君、酔ってたの?」  白々しい星羅の笑顔。  普段は輝かしい天使のような笑顔だと思っていたけど、今はわかる。  この美しい外面の内側には、悪魔のような非情さが隠れていたのだ。 「星羅! 騙したんだな!」  興奮を抑えきれず、詰め寄ろうとする。  すると、すぐに何者かが俺の襟を掴み、そのまま投げ飛ばされた。 「いってぇ……」  俺を軽々投げ飛ばしたのは、まもる課のガタイのいいSPみたいな男だった。  男は俺を蔑むように見下ろし、ゆっくりと口を開けた。 「お前は会社に何の利益ももたらさないお荷物だ。そんなやつに、無駄な給料を与えるわけないだろう」 「だ、だからって、こんな下劣なやり方しなくてもいいだろう!」  俺の声を聞いた星羅は、クスッと笑って俺の前まで来た。  大柄の男と並んで、見下している。 「星羅、昨日言ったよな? これは仕事じゃないって!」 「仕事じゃないなんて、一度も言ってないわ。あなたのモチベーションを上げるために誘ったわけじゃないって言ったの。私の仕事、モチベーションを守るだけじゃないから」  大柄の男もニヤッと笑った。  そして「天使係の仕事は、真面目に働いている社員を脅かす無能社員を排除する役割もある」と、星羅に代わって言葉にした。  そんな……俺は勘違いしていたのか。  てっきり、男社員のモチベーションを守るのが星羅の仕事だと思っていた。  でも、違う。  確かに、モチベーションを上げるために誘ったということは否定していたけど、あの飲み会が仕事ではないということは否定されていない。  俺を酔わせて、無理に印鑑を押させるのが……星羅の任務だったのか。 「西原君、次の部署では、自信を持って頑張ってね!」  星羅はそう言い残して、俺の目の前から消えた。大柄の男も一緒だ。  広いロビーで、小さくうずくまる。 「……窓際族ばかりの部署で、どう頑張ればいいんだよ……」  虚しく独り言ちた俺。  シーンと静まっている空間で、エレベーターが開く音がした。  中から昼ご飯を買いに行こうとする会社中の社員が、ぞろぞろと降りてくる。  あいつらはきっと、まもられる側の人間なんだ……。  ようやく立ち上がった俺は、テキパキ動く人間たちの波を掻き分け、営業三課のデスクまで向かった。 〈了〉
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加