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「…たしかに、その可能性は、ある…その可能性は、否定できない…」
「…一体、誰が、お義父さんに、三星球団の買収を持ちかけたんだ?…」
「…李相…台湾の立法院の議員です…」
「…立法院?…」
「…台湾の国会です…ですから、日本で言えば、国会議員に相当します…」
「…」
「…そして、彼は、間違いなく、大物です…」
「…大物?…」
「…そうでなければ、台湾のプロ野球の球団の買収を、葉敬に、持ちかけないでしょ? …そもそも、プロ野球球団の買収を持ちかけることなど、下っ端の議員なら、不可能です…」
葉尊が、当たり前のことを、言う…
「…ということは、その李相が、今回の戦争になにか、絡んでいると、いうことか?…」
「…その可能性は、大ですね…彼は、台湾でも、屈指の国際派です…海外に、大物の知人も多い…お姉さんの言う通り、彼なら、今回のことを、仕掛けたのも、納得する…」
「…」
「…お姉さん…いいところに、目をつけました…さすがに、お姉さんです…」
葉尊が、私を褒める…
が、
私は、少しも、喜ばんかった…
「…当たり前さ…私を誰だと思っているのさ…矢田トモコさ…こんなことぐらい朝飯前さ…」
私は、言うなり、まだ朝飯を食べていないことに、気付いた…
いや、
朝飯どころか、昨日、葉敬を迎えに、空港から、自宅に、戻って来て以来、なにも食べていないことに、気付いた…
そして、それに気付くと、同時に、腹が鳴った…
グーと、なんとも、言えない音が、した…
さすがに、これは、私としても、恥ずかしかった(苦笑)…
女として、妻として、恥ずかしかった(苦笑)…
が、
さすがは、葉尊…
私の夫だ…
私が、空腹過ぎて、腹が鳴ったのを、聞こえないフリをした…
私に恥をかかせないためだ…
だから、わかっているにも、かかわらず、聞こえないフリをした…
ただ、
「…もう、朝です…朝食を取りましょう…」
と、だけ、言った…
私は、そんな葉尊の態度を見て、
…コイツ、それほど、悪いヤツじゃ、ないかも、しれん…
と、思い直した…
最初は、気付かんかったが、この葉尊には、裏表がある…
表の顔と裏の顔がある…
それに、気付いた…
いや、
まだ、結婚して、半年足らず…
結婚する前に出会ったのも、その二か月ぐらい前だ…
だから、知り合って、八か月ぐらいしか、経っていない…
それゆえ、葉尊の人柄が、わからない…
当たり前のことだ…
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
知り合って、まもなく結婚した男女が、相手のことが、わかるわけが、ないからだ…
ただ、外見が、おとなしく見えれば、おとなしい人物だと、思うし、外見が、ヤンチャに見えれば、ヤンチャなんだろうと、思う…
が、
それは、見た目だけ…
あくまで、見た目だけだ…
中身は、当然、違う…
まじめそうに、見えれば、性格もまじめとは、限らないし、ヤンチャに見えれば、性格もヤンチャなわけでは、決してない…
良い例が、派手な女が、男関係が、派手とは、限らないし、まじめそうな女が、男関係が、派手ということもある(笑)…
要するに、見た目と中身は、違うということだ…
私は、夫の葉尊と結婚して、まだ半年あまり…
最初は、ただ、おとなしく、まじめな男だと思っていたが、そうではないことが、徐々にわかってきた…
が、
それとて、想定内というか…
別段、驚きもなかった…
なにしろ、この矢田トモコも、35歳…
昨日、今日、この世に生を受けたのでは、ないからだ…
これまで、派遣や契約社員や、アルバイトなど、さまざまな仕事をして、多くの人間を、見てきた…
だから、よけいに、外見と中身は、別だということが、わかってきた…
ただ、葉尊に限っては、正直、昼間、家にいない…
外で、働いているからだ…
だから、当たり前だが、二十四時間、いっしょにいるわけではない…
それゆえ、イマイチ、葉尊の人間性が、掴めんかった…
これが、学校や会社のように、長時間、いっしょにいれば、その人の人間性が、掴める…
が、
私と葉尊の場合は、違う…
それまで、会ったことも、見たこともなかった…
それが、突然、出会って、結婚した…
いわば、見合いといっしょ…
出会って、数回で、結婚したわけだ…
だから、お互いの人間性が、わからない…
どんな人間か、わからない…
そういうことだ…
が、
しかしながら、昔は、これが、普通だったと聞く…
見合い結婚が、普通だったと聞く…
今から、五十年以上前や、明治、大正期や、昭和初期は、普通だったと聞く…
いや、江戸時代もそうか…
とにかく、昔は、それが、普通だったと、聞く…
つまり、今のような恋愛結婚が、主流ではないと、いうことだ…
しかしながら、離婚も昔からあるし、結婚しても、一生、別れないカップルも多い…
もちろん、社会情勢の変化もある…
昔は、専業主婦が、多かった…
結婚した女は、家庭に閉じこもる女が、多かった…
夫の給料だけで、生活はできるから、働く必要もないし、働き口もないからだ…
今現在、普通に、結婚して、働いている女性が、多い時代とは、雲泥の差だ…
だから、昔は、女性が、簡単に離婚できなかったのは、わかる…
離婚した女性が、生きるために、働く職場が、あまりないからだ…
しかしながら、戦前の離婚率は、今と同等だったと、聞いたことがある…
つまり、今と同じ…
嫌いになったから、別れたということだろう…
つまり、なにが、いいたいかと言えば、学校や職場で、知り合って、結婚しようが、見合いで、数回会っただけで、結婚しようが、結果は、同じだということだ…
事前に知り合ってから、結婚したのと、複数回会っただけで、結婚したのと、たいして、離婚率は、変わらないということだ…
これには、驚いたが、冷静に考えれば、そんなものかも、しれん…
なまじ、学校や職場で、知り合って結婚しても、
…こんなひとだとは、思わなかった!…
ということは、多いだろう…
学校や職場で、見た姿しか、知らないからだ…
家庭での姿を知らないからだ…
いわば、学校や会社は、公の世界…
そこで、見せる姿と、家庭=プライベートで、見せる姿は、別ということが、あるからだ…
真逆に、私と葉尊のように、まるで、お見合いのように、数回会っただけでも、うまくいくものは、うまくいく…
そういうものかも、しれない…
もちろん、キャラ変もある…
男でも、女でも、途中から、キャラが、変わる場合が、あるからだ…
とりわけ、女は、子供ができたら、変わる場合が、多い…
あれほど、勉強が、嫌いだった女が、子供ができてから、教育ママに豹変した姿を見れば、もはや、ホラーだ(爆笑)…
もはや、ホラー映画に近い…
キャラ変という言葉では、言い表せない豹変ぶりだからだ(笑)…
私は、葉尊を見ながら、そんなことを、考えた…
考えた…
考えたのだ…
そして、考えながら、朝食の準備をした…
実は、この矢田トモコは、手が早い…
学生時代から、スポーツ万能だった…
だから、なにをやらせても、早い…
それゆえ、冷蔵庫の中にあった、ありあわせの食材で、すぐに、朝食を作った…
そして、すぐに、食卓に並べた…
それから、私と葉尊は、向かい合って、朝食を食べた…
すると、すぐに、葉尊が、
「…お姉さんは、おいしいです…」
と、言った…
「…お姉さんの作る料理は、いつも、おいしいです…」
と、私を褒めた…
「…当たり前さ…」
と、私は、言った…
「…私を誰だと、思っているのさ…矢田トモコさ…矢田トモコは、なんでも、できるのさ…」
そう言いながら、わざと、私は、胸を大きく張った…
私の唯一の武器である、巨乳を強調するためだ…
私の巨乳を見て、
「…すごいです…お姉さん…」
と、葉尊が、言うのを、期待したのだ…
が、
なにも、言わんかった…
いや、
葉尊の視線が、そもそも、私を見ていなかった…
食事に夢中だった…
…チッ!…
私は、内心、舌打ちをした…
せっかく、この矢田トモコ様が、自慢の巨乳を揺らして、アピールしたにも、かかわらず、食事に夢中とは…
ダメな奴だ!
男の風上にも、置けん!…
私は、思った…
思ったのだ…
が、
しかし、
「…おいしいです…」
とか、
「…うまいです…」
と、連呼して、私の作った料理をおいしそうに、食べる葉尊を見ると、私は、許してやることにした…
私の女としての、魅力に気付かない葉尊を許してやることにした…
なにしろ、葉尊は、まだ29歳…
35歳のこの矢田トモコから、見れば、子供…
子供に過ぎん…
35歳の、この矢田の妖艶な魅力も、わからんかも、しれん…
29歳のお子ちゃまには、難しいかも、しれん…
私は、そう、思い直した…
思い直したのだ…
そして、そう考えると、葉尊を、怒る気もせんかった…
相手が、子供だから、仕方がない…
そう、思ったのだ…
事実、葉尊は、私の作った料理を実に、うまそうに、食べていた…
それを、見ると、葉尊を怒る気にも、ならんかった…
やはり、自分の作った料理を、おいしそうに、食べる姿を、見れば、誰でも、嬉しいものだ…
この矢田トモコも、例外ではない…
例外ではないのだ…
まるで、子供のように、嬉しそうに、私の作った料理を食べる葉尊を見て、私は、許すことにした…
この矢田の妖艶な魅力に、気付かん、お子様の夫を許すことにした…
そして、そんなお子様の葉尊を見ながら、もう一人のお子様を、考えた…
アムンゼンのことだ…
アラブの至宝のことだ…
アイツは、今、なにを考え、これから、どうしようというのか?
そもそも、アムンゼンの狙いは、なんだ?
そんなことを、考えた…
考え続けた…
<続く>
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