葉尊 10

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 「…たしかに、その可能性は、ある…その可能性は、否定できない…」  「…一体、誰が、お義父さんに、三星球団の買収を持ちかけたんだ?…」  「…李相…台湾の立法院の議員です…」  「…立法院?…」  「…台湾の国会です…ですから、日本で言えば、国会議員に相当します…」  「…」  「…そして、彼は、間違いなく、大物です…」  「…大物?…」  「…そうでなければ、台湾のプロ野球の球団の買収を、葉敬に、持ちかけないでしょ? …そもそも、プロ野球球団の買収を持ちかけることなど、下っ端の議員なら、不可能です…」  葉尊が、当たり前のことを、言う…  「…ということは、その李相が、今回の戦争になにか、絡んでいると、いうことか?…」  「…その可能性は、大ですね…彼は、台湾でも、屈指の国際派です…海外に、大物の知人も多い…お姉さんの言う通り、彼なら、今回のことを、仕掛けたのも、納得する…」  「…」  「…お姉さん…いいところに、目をつけました…さすがに、お姉さんです…」  葉尊が、私を褒める…  が、  私は、少しも、喜ばんかった…  「…当たり前さ…私を誰だと思っているのさ…矢田トモコさ…こんなことぐらい朝飯前さ…」  私は、言うなり、まだ朝飯を食べていないことに、気付いた…  いや、  朝飯どころか、昨日、葉敬を迎えに、空港から、自宅に、戻って来て以来、なにも食べていないことに、気付いた…  そして、それに気付くと、同時に、腹が鳴った…  グーと、なんとも、言えない音が、した…  さすがに、これは、私としても、恥ずかしかった(苦笑)…  女として、妻として、恥ずかしかった(苦笑)…  が、  さすがは、葉尊…  私の夫だ…  私が、空腹過ぎて、腹が鳴ったのを、聞こえないフリをした…  私に恥をかかせないためだ…  だから、わかっているにも、かかわらず、聞こえないフリをした…  ただ、  「…もう、朝です…朝食を取りましょう…」  と、だけ、言った…  私は、そんな葉尊の態度を見て、  …コイツ、それほど、悪いヤツじゃ、ないかも、しれん…  と、思い直した…  最初は、気付かんかったが、この葉尊には、裏表がある…  表の顔と裏の顔がある…  それに、気付いた…  いや、  まだ、結婚して、半年足らず…  結婚する前に出会ったのも、その二か月ぐらい前だ…  だから、知り合って、八か月ぐらいしか、経っていない…  それゆえ、葉尊の人柄が、わからない…  当たり前のことだ…  これは、誰でも、同じ…  同じだ…  知り合って、まもなく結婚した男女が、相手のことが、わかるわけが、ないからだ…  ただ、外見が、おとなしく見えれば、おとなしい人物だと、思うし、外見が、ヤンチャに見えれば、ヤンチャなんだろうと、思う…  が、  それは、見た目だけ…  あくまで、見た目だけだ…  中身は、当然、違う…  まじめそうに、見えれば、性格もまじめとは、限らないし、ヤンチャに見えれば、性格もヤンチャなわけでは、決してない…  良い例が、派手な女が、男関係が、派手とは、限らないし、まじめそうな女が、男関係が、派手ということもある(笑)…  要するに、見た目と中身は、違うということだ…  私は、夫の葉尊と結婚して、まだ半年あまり…  最初は、ただ、おとなしく、まじめな男だと思っていたが、そうではないことが、徐々にわかってきた…  が、  それとて、想定内というか…  別段、驚きもなかった…  なにしろ、この矢田トモコも、35歳…  昨日、今日、この世に生を受けたのでは、ないからだ…  これまで、派遣や契約社員や、アルバイトなど、さまざまな仕事をして、多くの人間を、見てきた…  だから、よけいに、外見と中身は、別だということが、わかってきた…  ただ、葉尊に限っては、正直、昼間、家にいない…  外で、働いているからだ…  だから、当たり前だが、二十四時間、いっしょにいるわけではない…  それゆえ、イマイチ、葉尊の人間性が、掴めんかった…  これが、学校や会社のように、長時間、いっしょにいれば、その人の人間性が、掴める…  が、  私と葉尊の場合は、違う…  それまで、会ったことも、見たこともなかった…  それが、突然、出会って、結婚した…  いわば、見合いといっしょ…  出会って、数回で、結婚したわけだ…  だから、お互いの人間性が、わからない…  どんな人間か、わからない…  そういうことだ…  が、  しかしながら、昔は、これが、普通だったと聞く…  見合い結婚が、普通だったと聞く…  今から、五十年以上前や、明治、大正期や、昭和初期は、普通だったと聞く…  いや、江戸時代もそうか…  とにかく、昔は、それが、普通だったと、聞く…  つまり、今のような恋愛結婚が、主流ではないと、いうことだ…  しかしながら、離婚も昔からあるし、結婚しても、一生、別れないカップルも多い…  もちろん、社会情勢の変化もある…  昔は、専業主婦が、多かった…  結婚した女は、家庭に閉じこもる女が、多かった…  夫の給料だけで、生活はできるから、働く必要もないし、働き口もないからだ…  今現在、普通に、結婚して、働いている女性が、多い時代とは、雲泥の差だ…  だから、昔は、女性が、簡単に離婚できなかったのは、わかる…  離婚した女性が、生きるために、働く職場が、あまりないからだ…  しかしながら、戦前の離婚率は、今と同等だったと、聞いたことがある…  つまり、今と同じ…  嫌いになったから、別れたということだろう…  つまり、なにが、いいたいかと言えば、学校や職場で、知り合って、結婚しようが、見合いで、数回会っただけで、結婚しようが、結果は、同じだということだ…  事前に知り合ってから、結婚したのと、複数回会っただけで、結婚したのと、たいして、離婚率は、変わらないということだ…  これには、驚いたが、冷静に考えれば、そんなものかも、しれん…  なまじ、学校や職場で、知り合って結婚しても、  …こんなひとだとは、思わなかった!…  ということは、多いだろう…  学校や職場で、見た姿しか、知らないからだ…  家庭での姿を知らないからだ…  いわば、学校や会社は、公の世界…  そこで、見せる姿と、家庭=プライベートで、見せる姿は、別ということが、あるからだ…    真逆に、私と葉尊のように、まるで、お見合いのように、数回会っただけでも、うまくいくものは、うまくいく…  そういうものかも、しれない…  もちろん、キャラ変もある…  男でも、女でも、途中から、キャラが、変わる場合が、あるからだ…  とりわけ、女は、子供ができたら、変わる場合が、多い…  あれほど、勉強が、嫌いだった女が、子供ができてから、教育ママに豹変した姿を見れば、もはや、ホラーだ(爆笑)…  もはや、ホラー映画に近い…  キャラ変という言葉では、言い表せない豹変ぶりだからだ(笑)…  私は、葉尊を見ながら、そんなことを、考えた…  考えた…  考えたのだ…  そして、考えながら、朝食の準備をした…  実は、この矢田トモコは、手が早い…  学生時代から、スポーツ万能だった…  だから、なにをやらせても、早い…  それゆえ、冷蔵庫の中にあった、ありあわせの食材で、すぐに、朝食を作った…  そして、すぐに、食卓に並べた…  それから、私と葉尊は、向かい合って、朝食を食べた…  すると、すぐに、葉尊が、  「…お姉さんは、おいしいです…」  と、言った…  「…お姉さんの作る料理は、いつも、おいしいです…」  と、私を褒めた…  「…当たり前さ…」  と、私は、言った…  「…私を誰だと、思っているのさ…矢田トモコさ…矢田トモコは、なんでも、できるのさ…」  そう言いながら、わざと、私は、胸を大きく張った…  私の唯一の武器である、巨乳を強調するためだ…  私の巨乳を見て、  「…すごいです…お姉さん…」  と、葉尊が、言うのを、期待したのだ…  が、  なにも、言わんかった…  いや、  葉尊の視線が、そもそも、私を見ていなかった…  食事に夢中だった…  …チッ!…  私は、内心、舌打ちをした…  せっかく、この矢田トモコ様が、自慢の巨乳を揺らして、アピールしたにも、かかわらず、食事に夢中とは…  ダメな奴だ!  男の風上にも、置けん!…  私は、思った…  思ったのだ…  が、  しかし、  「…おいしいです…」  とか、  「…うまいです…」  と、連呼して、私の作った料理をおいしそうに、食べる葉尊を見ると、私は、許してやることにした…  私の女としての、魅力に気付かない葉尊を許してやることにした…  なにしろ、葉尊は、まだ29歳…  35歳のこの矢田トモコから、見れば、子供…  子供に過ぎん…  35歳の、この矢田の妖艶な魅力も、わからんかも、しれん…  29歳のお子ちゃまには、難しいかも、しれん…  私は、そう、思い直した…  思い直したのだ…  そして、そう考えると、葉尊を、怒る気もせんかった…  相手が、子供だから、仕方がない…  そう、思ったのだ…  事実、葉尊は、私の作った料理を実に、うまそうに、食べていた…  それを、見ると、葉尊を怒る気にも、ならんかった…  やはり、自分の作った料理を、おいしそうに、食べる姿を、見れば、誰でも、嬉しいものだ…  この矢田トモコも、例外ではない…  例外ではないのだ…  まるで、子供のように、嬉しそうに、私の作った料理を食べる葉尊を見て、私は、許すことにした…  この矢田の妖艶な魅力に、気付かん、お子様の夫を許すことにした…  そして、そんなお子様の葉尊を見ながら、もう一人のお子様を、考えた…  アムンゼンのことだ…  アラブの至宝のことだ…  アイツは、今、なにを考え、これから、どうしようというのか?  そもそも、アムンゼンの狙いは、なんだ?  そんなことを、考えた…  考え続けた…                <続く>
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