隠しキャラの王子様、現わる

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隠しキャラの王子様、現わる

 無視、無視、無視、無視、無視、無視、ガン無視。  あれから一週間。  一週間もジョシュアから無視され続け、さすがに参っていた。  エリーや友人は、励ましてくれるけど。  推しから嫌われてしまうなんて……。  しかも、ただの推しじゃない。最推し!   『あれが、あの子の手口よ』  エリーに言われた通りだった。  ジョシュアに嫌われた原因は、私が陰口を言っていたから。それも、かなりひどい悪口を。  まったく、身に覚えのないデタラメなんだけど。そのデタラメをジョシュアに吹き込んだのが、スカーレットだとエリーは言う。  少し前まで、スカーレットは別の攻略対象であるルカにくっついていたのに。今は、ジョシュアにべったりだった。だから、ジョシュアと話をしたくても、その度、スカーレットが割って入ってくる。まるで護衛みたく、彼を守り、私を近づけさせない。近頃では、スカーレットがいなくても、ジョシュアは私を避けるようになった。  こうして、私は誤解を解くことも許されず、無視される日々。    あー、人生、終わったわー。  これから、何を楽しみに生きていけばいいの。  何もかもやる気が出なくなって、初めて授業をサボってしまった。   「……い、おい! そこの女!」  その声に顔をあげれば、黒髪の端正な顔の男子生徒がこちらを見ていた。 「あら、バーノン殿下」  言った途端に、彼の顔が、ぎゅうっと歪む。  ……しまった。  ジョシュアの件で、脳みそ死んでたー。 「おい、お前。俺のこと、知ってるのか?」  もちろん。  七人目の攻略対象で、特定の曜日にしか会えない隠しキャラ。『マジですか』の情報なら、今でも頭に入っている。  ただ、ここでは初対面だった。そのうえ、学校ではバーンと名乗っていて、王子という素性も隠していた。正体をヒロインに告げるのは、最後の最後。  怪しまれるのも当然。  やらかしたー。 「おい、なぜ、俺のことを知っている?」  バーノンは険しい顔で「まさか」と、つぶやいた。 「異母弟(オトウト)の手先か?」  彼の言葉に、後ろにある生垣が、ガサッと音を立てた。  何かいる……。しかも、かなり大きい。  私は、とっさに、首を振っていた。 「ただの学生です」 「だったら、なぜだ?」 「えぇっと……その……何というか、ピンときたのです。そう、つまり、女の(カン)です!」  何とか、しぼり出したものの、 「女の勘?」  まだまだバーノンは、半信半疑といった顔。 「えぇ。ですから具体的には、お答えできないのですけど」 「女の勘、」 「そうです! 女の勘ですわっ!!」  私は被せぎみに、ただただ、大きな声で肯定する。大声を出しておけば、なんとかなるって、芸人さんも言ってたし。  それで、何とかごまかせたのか。背後のガサガサ音が、ピタリと止まった。  ほっとしながら、私は話を変える。 「何か、私に用があったのでは?」 「そこは俺の場所なんだが」  そう言って、彼が指さしたのは、私が座っていたベンチ。横へずれて、スペースを空けると、バーノンは隣に腰をかけた。 「それで、お前、こんな所で何をしてるんだ。授業中だろう?」 「殿下と同じです」 「俺と?」 「私()、ここで午後の授業をサボっているのです」  改めて、辺りを見回してみれば。  このベンチは、いい感じに木漏れ日があって、暑くもなければ寒くもない。なおかつ、大きく茂った木に隠れて、教室がある二階からは見えない。 「ここは、サボるのに絶好の場所ですわね」  私の答えに、バーノンは小さく笑う。 「お前、名前は?」 「ロベリア・デ・カタルシスと申します」 「あぁ。定期テストで、毎回、成績上位に名前があるヤツか」 「あら、知っていただけているとは」 「成績上位者は、いずれ、宮廷魔導士になるかもしれないヤツらだからな。一応、チェックはしている。しかも、お前は、希少な聖属性の持ち主だしな」  それでと、バーノンはまっすぐに私の目を見た。 「何かあったのか?」 「え?」 「今にも、死んでしまいそうな顔をしていただろうが」  もしかして、心配して、私に声をかけてきたのだろうか。  名前を知ってることといい、何だか、意外だった。ゲームでは、俺様強めのキャラで苦手だったんだけど。 「それで、今にも死んでしまいそうなほどの大問題でも起きたのか?」 「私にとって、深刻な問題が起きてしまいまして、頭を悩ませていたのです」 「では、アドバイスをくれてやる。そういう時は、何でもないという顔をしていろ。おろおろしたところで、事態は何も変わらない。だったら、平然として、大丈夫だと自分に言い聞かせていた方が、よほどうまくいく」  悩んでいることは顔に出すな。  自分が悪くないなら、正々堂々としていろ。  特に、敵には、弱ったところを見せるな。  次々と出てくるアドバイスを聞いているうちに、授業の終わりを知らせる鐘が、三回、鳴った。  バーノンが立ち上がって、ニヤリと私に笑う。 「次の授業は、きちんと出ろよ」 「そっくりそのまま、殿下にお返しします」  言い返すと、バーノンは笑った。 「まったく、変な女だな」  そうそう。『変な女』で、バーノンはヒロインに興味を持ち始め……  ……って、もしかして、今、フラグが立った?  私に???  戸惑っているうち、 「またな。ロベリア」    バーノンは、ひらひらと手を振り、歩いて行く。  それを追いかけるように、後ろの茂みから、男子生徒が出てきた。いや、男子生徒じゃない。いやいや、男子の制服は着ていたけど。体格のがっしりとした、横顔いかつめのおじさんだった。  おじさんは、すっと、バーノンと合流し、その半歩後ろを歩く。  護衛だとしても、無理があるでしょ。なんて、二人を見ていたら、バーノンが振り返った。 「お前も、さっさと教室に戻れ」  犬でも追い払うように、こちらへ手を振る。その背後には、いかついおじさん。二人に見送られながら、私は素直に教室へ向かった。  バーノンと話をしたからだろうか。心は少し軽くなった。  けれど、このあとすぐ、あんなことになるなんて。この時はまだ、思ってもみなかった。
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