封印した苦い記憶

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封印した苦い記憶

 自宅から陽気な天使が姿を消すと、俺は激務で疲れを蓄積する日々に舞い戻った。  しかし30代も半ば、身体の不調はごまかせないものがある。  有給を消化し、実家に帰ってきた。    南北に山の連なるこの長閑な町に、俺は小学生の頃まで住んでいた。  小5の春先に両親が離婚して、俺は母に付いて都会へ引っ越したが、近年また両親は再婚し、母はかつての家に戻ったという経緯だ。  同じ相手と熟年再婚というこの場合、一度破局しても結局赤い糸で結ばれていた二人ってわけか。  俺がここに帰ってきたと話が回ると、当時の友人が小さな同窓会を開いてくれた。 「あぁ、(さかき)ちゃんね…」  同級生らの現状が語られる中で、ここにいる道理のない、皆にとって懐かしい名が上がった。俺たちは小5の時、一人、級友を亡くしたのだ。 「25周忌だったから、私もお線香あげにいったよ」 「亮、覚えてないの? 瑛美(えいみ)ちゃん。仲良くなかったっけ?」 「……」  榊瑛美。  彼女を()れた記憶の箱に蓋をしていた。気まずい、苦くて苦しい、申し訳ない、そんな後悔だらけの思い出だったから。   ──畠山君は動物に優しいね。    脳裏に遠い日の柔らかな声が蘇る。  小春日和の放課後、ウサギ小屋を掃除する俺に話しかけてきて、一緒に兎をかまうようになったのが同じクラスの榊だった。大概教室の隅にいたような、大人しい女の子。 「死んだ金魚も埋めてあげてるよね」  兎は好きだから先生の許可を得てやっていたが、死んだ金魚は好きなわけもなく、生物係りがサボっていたから放っておけなくて。  そんなところを見られていて恥ずかしかったけど、同時に知られていて嬉しかった。それから榊の前でカッコつけたくて、掃除をより張り切っていた単純な俺だ。なんとなく彼女から好意を感じ取ってもいた。その時間に充実感を覚えていた俺は、満更でもなかったのだろう。  そんな中、よくある小学生のアレが起こる。 「お前らヒューヒュー!」 「放課後二人きりで何やってんだよ~?」  こうなると、女子に比べて精神の成熟が遅い男子の対応はもちろん、 「俺がこんな暗い奴、好きなわけないだろ!」  なんとしてでも否定しないと、と焦って、他にも随分なこと言ったな。  そして御多分に洩れず、以降は徹底的に彼女を無視した…。  多少後ろめたくとも単純な小学男子であるし、俺はいつも通り男子同士で固まって、冬の教室でわいわい過ごしていた。  その平穏なクラスに突如、悲しい報せが舞い込む。 ──榊さんが国道で事故に巻き込まれて…  同時期に、俺は家庭の事情で転校することになった。  それは好都合だった。徐々に記憶から彼女を消すことができたのだ。  あんなこと言ってごめん。あれはちっとも本心じゃなくて…。君は優しいし、気弱で口下手なところも可愛いと思ってた。実は君といた時間はなぜか、身体の奥の方がくすぐったくて──  なんて、もう届かないから、心の弱い俺は記憶を消すしか──
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