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「蒼衣様、お疲れ様です。」
「あ、岳。おはよう〜」
四時間目の授業が始まる少し前に、教室のドアを開けると、俺に気づいた岳がこちらに近づいてきた。
俺の親衛隊隊長でもある岳は、同い年でもあるにも関わらず、何故か敬語を使って話してくる。理由を聞いたが、「蒼衣様にタメ語で話すなんて、恐れ多くてとても出来ない」とよく分からないことを言われしまった。
...俺は全然そんな大した奴じゃないんだけどなぁ、
「少しだけ仕事が一段落ついたから、四時間目だけでも受けとこうと思って。」
「そうですか。...最近、お忙しそうですね。俺、いえ、我々親衛隊にできることがあれば何でもするので、遠慮せずにおっしゃって下さいね。」
心配そうにこちらを見つめてくる岳にへらりと笑いかけ、その短い黒髪に手を伸ばす。
「ありがとね、岳。でも大丈夫だから、心配しないで。」
くしゃりと撫でると、はっと息を飲んだように岳が黙り込む。
そうこうしてる内に、教師が教室に入ってきて次の授業の準備をし始めた。
「ね、岳。この後、一緒にご飯食べられる?」
「っ!勿論です!お供させてください!」
「ありがとう、久しぶりに岳と一緒で嬉しい。」
へらりと笑って、じゃあまた後でねと手を振り、自分の席に向かって行った。
教科書を取り出し机の上に並べ、ぼんやりと窓の外を眺めて授業開始を待つ。
そよそよと流れる風は、もうピンクの花弁を揺らしてはいない。桜の木は、もうすっかり散ってしまったようだった。
授業が終わり、食堂に向かって岳と2人で歩いていたところ、見慣れた後ろ姿を見つけてそちらに駆け寄る。
「やっほ、千隼。」
「あ、アオ様?!」
振り返った拍子に、大きな黒い瞳がこちらを映して見開かれた。色白な顔がさっと瞬時に赤く染まり、両手に持っていた鞄がどさっと音を立て床に落ちる。
「す、すみません...!すみません、」
「あ、ごめんね、びっくりさせちゃった。」
鞄を拾い上げ手渡すと、わわ、ごめんなさいありがとう御座いますなんて言いながら、凄い勢いでぺこぺこと頭を下げてくる千隼。
彼は俺の親衛隊副隊長をつとめてくれているため、何度も話したことはあるのだが、何だかいつも緊張しているように見えた。
「千隼もこれからご飯行くの?」
「は、はい!」
「俺もこれから岳と食堂に行くんだけど、千隼も一緒にどうかな?」
いいんですか?なんて、ぱちぱちと目を瞬かせた千隼に勿論と頷く。
「う、嬉しいです、、!」
頬を紅潮させたまま、千隼がはにかむように微笑む。岳と千隼と並び、食堂へと身体を方向転換させた時。
「待って、」
後ろから伸びてきた手に腕を掴まれ、足を止めた。
「...小坂君?」
走ってきたのか、少し呼吸が乱れた彼の真っ直ぐな黒い瞳が俺を静かに見下ろしている。どうしたのかと首を傾げた俺の耳に、え?小坂様?と動揺したような二人の声が聞こえてきた。
「...俺も、...一緒にいい?...ご飯、」
「「「え?」」」
3人分の声がぴったりと重なり、俺はぱちぱちと瞬いて彼の顔を見上げた。
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