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寝室に大蛇が出るなんて思いもしなかった。
私の寝るベッドの脇。
天井に着きそうな頭が見下ろしていた。
「まだ寝ていなかったのか」
はっきりとそう言った。
蛇なのに。
瞬きしない眼。チロチロと口から覗く紅い舌。
眠ろうとしていたのに、眠気がすっかり飛んでいった。
「あの……何か……」
と間抜けな問いしか出てこない。
それはそうだろう、こんな大蛇に見下されて、しかも喋る。
「私は君の夢を食べていたんだ。毎夜毎夜」
夢を食うのは獏ではなかったか。
「君の夢は美味でな。だが来るのが早かったようだ」
そう言われて気がついた。半年前まで悪夢に魘されては起きていたのに、この頃は夢も見ずに熟睡している。
「見ていないわけはないのだよ。私が食べているだけで」
そうか、まだ見続けていたのか、あの夢を。
暗闇の中を走る。走らなければ、後から来るものに呑み込まれる、と確信している。だが足が縺れて走れない。思うように走れないうちに、とうとう追いつかれて、頭から噛みしだかれる。
「あの、追いかけてくるのは何でしょう」
思わず聞いてしまった。
「病だよ。君も薄々感じているのだろう?」
ああ。やはりそうか。
私の、脳の中に巣食って取れない。
「このまま、私はどうなるのでしょうか」
目の前の蛇に問うてもどうにもならないことはわかっている。だが、この不安は誰にも問えない。お医者様や看護婦さんたちができる限りのことをしてくださっているのはわかってるし、友達も家族も不安を抱えながら私に明るく接してくれていることもわかっている。そこに私が私の不安を重ねてしまったら、皆が苦しむこともよくわかっている。
「恐らくは、追いつかれるだろうね。君の、その夢のように」
はっきりと断言されてしまった。やはりそうなのだ。どうなっていくかはわかっている。今のようにクリアな思考は、増えている腫瘍に侵略されて、何れかは失われていってしまう。
「その時には、私はまだあの夢を見続けるのでしょうか」
「安心し給え。そのころには、まう君は夢を見ることも無くなるよ」
それは、私が私でなくなるということか。
「ならば、その夢を見なくなったら、どうか私を食べてください」
蛇は暫く黙った後、
「ああ」
とだけ言った。
よかった。私は私のまま逝ける。
願わくは、どうか眠りにつく前に。
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