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下校途中に、小さい蛇の死骸を見つけた。
わたしは道の端の土を少し掘って、その蛇を埋めてあげた。
小さい石をひとつ置いて、墓石の代わりにした。
名も知らない草が、小さな紫の花をつけていたので、それをちぎって墓石の上に載せた。
「ねえ、死ぬ時痛かった?」
わたしは土の下の蛇に訊いてみた。蛇は死んでいるから、もちろん答えなかった。ふと自分が、紫の花をつけた草を殺したのだということに気づいた。
「花なんかつけているから悪いのよ」
わたしはいつも通り、パチンコ屋の裏手の、自販機が並んでいる路地へ入っていった。
わたしは自販機に、背をぴったりつけて立った。自販機は温かかった。人間よりも、わたしは自販機の存在に温かみを感じる。
それでも、素足から制服のスカートの中にはい上ってくる12月の冷気は、なかなかきつかった。わたしは足をこすり合わせるようにして、寒さに耐えていた。
幸い一時間ほど待っただけで、パチンコ屋から出てきた男のひとりに声をかけられた。
「きみ、高校生?」
「うん」
「帰る場所がないんなら、うちへ来るか」
「ごはん食べさせてくれる?」
「カップラーメンくらいなら食わしてやるぜ。その代わり……」
「わかってる」
「いい子だ」
学校の先生には、ずっと〝悪い子〟と呼ばれてきたが、ここで声をかけてくる男たちは、わたしのことを〝いい子〟だといってくれるのだ。
――その夜、夢を見た。
真っ暗な道を、ひとりで歩いていた。
わたしは、すっぱだかだった。まるで月を呑んだように、身体の内側から白い光が滲み出し、それがわたしの周りをぼんやりと染めていた。
思わず立ちどまった。わたしの頭よりずっと高い位置に、大きなふたつの青い石が浮かんでいた。
(どうして石が空に浮いているのかしら)
わたしの心の声が聞こえたように、石が答えた。
「浮いているわけではない」
闇に眼をこらすと、だんだん輪郭が浮かびあがってきた。それは確かに石が浮かんでいるのではなかった。
一対の蛇の眼だった。
大きさはかなり変わっているが、わたしが今朝道端で見つけ、土の中に埋めてやった蛇に違いなかった。
蛇の尻尾がいきなり巻きついてきて、わたしを持ちあげた。蛇の青いふたつの眼の前で、わたしの身体はふらふらと頼りなくゆれた。
わたしは身もだえしたが、蛇はますます強く、わたしの身体を締めあげるばかりだった。
「苦しいわ、どうしてこんなことするの?」
「お前はわたしに慈悲をかけた。故にわが呪いを受ける。それが報いというものだ」
わたしはうめきながら言った。「ひどい話」
――眼が覚めた。
まだ夜は明けていなかった。隣に寝ている男の鼾が聞こえない。鼻をつまんだり、ゆさぶったりしてみても、何の反応もない。男は、石になっていた。
わたしは立ちあがって、灯りをつけた。その時、何かがころっと転がり落ちた。
蛍光灯の白い光に照らされた男は、あんぐりと口を開けていた。わたしの上に乗っていた時と同じ、間の抜けた顔だった。首には、きつく締められた痕のような紫の線が残っていた。
さっきわたしの身体から落ちた物が、男の顔の横に転がっていた。
わたしはそれを、じっと見つめた。
掌にすっぽりおさまるような、小さなたまごだった。
「ごめんなさい」わたしは口を開けたままの男にいった。「わたしが蛇の呪いを受けたせいね、たぶん」
裸だったわたしは下着を身につけ、一着しかない夏物の制服に腕を通した。
「これ、お守りにするね」床の上のたまごを拾いあげ、胸ポケットに入れながらわたしはいった。「呪いしかお守りにならないなんて、ひどい話」
――それ以来、わたしの胸ポケットには、小さなたまごがひとつ、入っている。
あの蛇のたまごなのだろうと思うが、ほんとうのところは、よくわからない。
でも、いつか何かが殻を破って出てくるに違いない。その日を、わたしは心待ちにしている。
たまごは最近、ほんの少しだけ、大きくなったような気がする。
車に轢かれて死んだ蛇と、夜ごと男に乗られるわたしの呪いを吸って、たまごは育っているのだ。
きっと……
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