そこにまだいる

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「美術室の戸締りは私がやっておきます」 描きかけの絵を仕上げてしまいたいという理由をつけて、部活顧問の 教師に告げた。 「そうそう、努力あるのみ。嫉妬する時間より筆を取る時間だよ」 新任の20代の男性教師が言ってきた。 そいつの痩せて骨ばった背中を、センスのない色の背広を、絵の具で 塗りたくってやりたくなって我慢した。 「内野さんに勝てない自分に腹が立ちます」 そう言ったとき深刻な悩みだったのに、あいつは「嫉妬みっともない」と 笑うだけだった。 誰もわかってくれない、誰も......。 両親は「絵は置いといて学力を生かして良い就職してほしい」と、言う。 「絵で成功するなんて狭き門なんだから、時間の無駄じゃないか?」と。 もちろん、褒めてくれる人たちはいる。 それはそれで心中複雑だった。 「甲田さんの絵って、すごく上手くてうらやましい!」 「まだまだこれからだよ。大賞をいつでも取れる実力だよ。 甲田美由紀(こうだ みゆき)っていう画家が誕生する日がくるかな。 高校の同級生だったとか自慢できる日がくるといいな」 そんな言葉は、喜びにもならなくなった。 一般人に何を言われても意味が無い。 審査員が選んで認めてくれて一位にならなければ、私は満たされない。 内野明子ばかりが上位になる世界なんて、もううんざりだ。 それで私は現実から逃げてみることにした。 降霊術に......。 本気の怖さと、そんなもの馬鹿らしいと、両方の気持ちがあったのに。 やってみようと思ってしまったのだ。 使わないで隅に置かれた勉強机を動かして、椅子を持ってきて座った。 そしてスケッチブックを破り、適当な大きさに切り取り、黒いペンで 五十音と『はい』と『いいえ』を書き込み、紙の上の中央に赤いペンで 『〇』を描いた。 この降霊術は『天子様(てんしさま)』と、呼ばれている。 子供の天使が降りて来て、未来をおしえてくれたり、願いを叶えてくれる。 他の狐や低級霊よりも怖くないと聞いたので、これにしてみた。 けれど、こういうのは複数でやるものだ。 ひとりでも大丈夫なのだろうか? だけど、やらずにはいられなかった。 抱え込んだグチャグチャしたものを吐き出したいと、必死だった。 私は誰もいない美術室で十円玉を『〇』の中に置いて降霊術を始めた。 モデル用の彫刻たちに見張られながら......。
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