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一 妖しの森の妖屋
「出たぁ! 出たんだよ! こぉんな大きい岩に足が生えてて。その岩が追っかけて来たんだよ! ウソじゃない! 本当なんだよ!」
大声で話す与一の話しに、うんざりした顔で聞いているのは、妖屋の主、兵右衛門だった。
「はいはい。それで? お前さんは無事なんだし、何か問題でもあるのかね?」
「問題? あるよ! 大有りだよ」
額に青筋をたて、唾をまき散らしながら喚く与一に、さらにうんざりした兵右衛門は、奥間にいる白遊を呼んだ。
「白遊、白遊や。ちょっと頼まれてはくれまいか」
兵右衛門が呼ぶと直ぐに現れた、白遊に与一は腰を抜かしかけた。
白遊の側で部屋を明るく灯しているのは、1つ目の小さな唐傘だったからだ。
「ちょ……ちょ……」
言葉が続かない与一に、兵右衛門が苦笑いして説明する。
「何を驚いているんだい? ここは妖しの森の妖屋だ。何がいてもおかしくなかろう。安心せい、この店の妖しは皆、人の為だけに動ける者たちだからな」
説明を聞いて口をパクパクさせる与一と、それを真似して自分の口をパクパクさせる1つ目の唐傘小僧。
ユーモラスなその動きに白遊と兵右衛門が笑い、与一は目を白黒させた。
「妖しの森は、妖しが棲む場所。そこに踏み行ったお前さんが悪いが、妖しが里に降りるのであれば、それを止めるのが我ら妖屋の役目。白遊に様子を見に行ってもらおう。与一、村の者にもよく伝えるのだぞ。やたらに妖しの森に踏み入るでない、と」
視線に圧を込めて兵右衛門が与一を見ると、与一は無言でコクコクと頷いた。
その様を見て、首のない唐傘小僧もコクコクと頷く。
どうやら与一を気に入ったようだ。
「お前さんは妖しと相性が良いようだ。どうだ、妖屋で働かんか」
兵右衛門の誘いにぶるぶると首を横に振ると、叫んだ。
「とんでもねぇ! こんな化け物屋敷なんかで働けねぇ!」
唐傘小僧は飽きもせずに与一の真似をして、身体を横に震わせている。
与一は一目散に妖屋を飛び出して行き、兵右衛門は小さな唐傘小僧を優しく撫でた。
「そんなに嫌うことはないのにのう、よしよし、可愛いやつじゃな」
白遊も唐傘小僧を優しく撫でる。
唐傘小僧は嬉しそうに、ぴょん、ぴょんと軽く跳ねた。
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