お祖父ちゃんの万年筆

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『えーっと、時雨?聞こえてる?』 『はい、聞こえていますよ』  寝る前に少し緊張しつつ、声が聞きやすいようにベッドの上で万年筆を持ちながら頭の中で話しかけてみた。うわ、本当に返事がきた。変な感じ。 『それで話って?』 『どうして紫苑さんに私が話しかけられるようになったかのお話なのですが』 『うん』 『実はとある神様からのご依頼がありまして』 『神様⁉』  驚きはしたけれど、神様と聞いて今の不思議な状況に少し納得してしまった。それくらいびっくりなお話じゃないと今の状況は意味が分からないし。 『はい、その神様は魂が宿ったモノから相談を受ける窓口を担当されている方でして』 『魂が宿ったモノ?』 『私のような万年筆や紫苑さんが寝ているベッドや枕でも何でも、全てのモノの中には魂が宿るのですが、その中でも私のように思いが強く込められて作られたモノや長年大事にされてきた特別なモノは強い意志を持つようになるのですよ』 『へぇー』 『あぁそうでした。ここにはもう一つ、意志を持った特別なモノがありますよ』 『え?時雨の他にも⁉』  お祖父ちゃんから譲ってもらった古い万年筆である時雨以外に長く大切にしているものなんてあったかな……思い出そうとしている間に、頭の中に可愛らしい女の子のような声が響いた。 『私だよ!紫苑くん!』 「おわっ!」  思わず声が出ていた。だってすっごく近くから声がしたから。周囲を見渡して僕はすぐにその声の主に気が付いた。 「も、もしかして……このタオル?」 『そうだよ!!』 「ちょ、夜だから、もう少し声小さくして」  時雨だけでも慣れてないのに、頭の中で聞こえる声が増えてしまったことに混乱してきていた。なるべく小さく声を出して話すようにする。 『モノの声は紫苑さん以外には聞こえませんよ』 「それでも!気持ちの問題!」 『わかったぁ……ごめんね』  謝ってきた可愛らしい声の主は保育園に通っていた時からずっと愛用していたタオルだった。このタオルを抱えていないと僕は寝ない子で、学校の友達には内緒にしているけれど、未だにこのタオルがないと眠れないのだ。もう10年近く一緒にいて愛着も湧いている。確かに強い意志を持つ特別な“モノ”になりそうだ。 『“たおう”さんは紫苑さんと話すのを楽しみにしていたんですよ』 「“たおう”さん?」  タオルのことだろうけど、さすがに長年一緒に寝ていて愛着が湧いているとはいっても、名前まで付けた覚えはないんだけど……。 『紫苑くんずっと私のこと“たおう”って呼んでくれてたのに!』 「……あ!」  思い出した。小さい頃の僕を撮った動画をお母さんに見せてもらったことを。そうだ、僕は小さい頃、タオルとちゃんと発音できなくて、“たおう”と呼んでいたのだ。「おかーさん、“たおう”どこ?」ってお昼寝をする時によく探し回っていた。 「えーっと、それは、そのぉ……」 『最近全然呼んでくれない……』  名前じゃないんだけどなぁって言おうとしたら、泣きそうな声が聞こえて焦ってしまった。 「え⁉あ、ご、ごめん、いやもうなんというか大切だとは思っているから」 『たおうさん、紫苑さんは思春期というもので、甘えるのが恥ずかしい年頃なのですよ』 『そうなの?』 「そ、そうです……」 『じゃあしょうがないね』    時雨が機転を利かせてくれたおかげで何とかたおうの機嫌は直ったようだった。あまり納得はしてはないけれど。僕はこういう時に余計なことを言うと余計に話がこじれることをクラスの女子から学んでいた。 『たおうさん、お呼びしたところすぐに申し訳ないですが、あまり夜遅くまでお話すると紫苑さんが明日遅刻してしまわれますので、一旦私に任せてもらえますか?』 『はーい。おやすみ紫苑くん』 「お、おやすみなさい」  タオルから声が届かなくなり、気を取り直すように時雨が咳払いする音が聞こえた。僕も改めて時雨の話に集中する。 『では続きを……今ご紹介したたおうさんのように、そういった特別なモノの中には人間との関わりが深く、人間のように喜怒哀楽の感情を持ち、時には悩むこともあります。その悩みを受け付けるのが、今回私にとあるご依頼をした神様のお勤めなのですよ』  モノの悩みかぁ……そういえば学校で先生から悩みがある時は相談しましょうってお知らせを聞いたような。 『そうです。子供たちも相談する場所があるように、モノの声を聞く神様がいるのです』 『へぇー……って勝手に頭の中のぞかないで!』  手の中にある万年筆を思いっきり睨みつけた。人の頭の中をのぞくなんてデリカシーがなさ過ぎる!自分で言うのも何だけど、こっちは繊細な思春期真っただ中なんだぞ! 『失礼しました。まだ紫苑さんとお話しする感覚が掴めなくて』 『もう……それで?どうして僕に話しかけることが出来るようになったの?』 『その神様も忙しくて堪らないということで、この度各地でお手伝いいただける方を探すことになりまして、紫苑さんが選ばれたのですよ』 『……何で僕?』 『んー……まぁ、運ですかね』 『えぇ?それだけ?何かもっと特別な理由とかないの?実は僕が神様の生まれ変わりとかさぁ』  僕はがっかりする気持ちを隠すことができなかった。絵本で昔読んだようなファンタジーの出来事が起きていて、実は自分は特別な何かを持っているんじゃないかってワクワクしていたのに。 『しかし確率で言えば宝くじに当たるくらいの幸運ですよ?嬉しくはないですか?』 『それなら宝くじが当たる方が嬉しいかなぁ』 『そうですか……私は、紫苑さんとお話ができるようになって、とても幸運だと感じていたのですが……』  お父さんくらい年上の落ち着いた様子で今まで話していた時雨の声が落ち込んでいるのに気付いた。 『ご、ごめん。時雨と話せるようになって嬉しくないわけじゃないからね!』 『あぁ、すみません。お気遣いいただいて……紫苑さんはお優しいですね』 『え、あ、うん……そ、それで僕は何をすればいいの?』  学校でも家でも結構はしゃいでいるから叱られることがあったりして、大人に褒められるって慣れてないから照れ臭い。慌てて話を逸らした。 『私と一緒にモノのお悩みを解決していただきたいのです』
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