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革のペンケース
それからというものの、朝になると手で握りしめているタオルから起こされる生活が始まった。そして前まではペンケースに入れていた万年筆をポケットに入れて大事に持ち運ぶようになっていた。
『それよりさぁ、モノの相談相手って案外暇なんだね』
『そうでもないですよ?』
頭の中で時雨と話しながら登校する。時雨に話しかけられるようになり、悩めるモノたちを助けるという神様のお手伝いをして欲しいと頼まれて一週間。特に何も問題は起こっていない。
『そうなの?』
『小さな悩みなら私の元へ届いているのですが、ただ話をしてもらうだけで楽になるモノも多いのですよ。そういったものは紫苑さんの手を煩わせる必要はないかと』
『え?時雨には色んなモノの声が届いているの?』
『そうですよ。私が紫苑さんのフィルターのような機能を果たしているのです。全部のモノの声が聞こえてしまったら、紫苑さんきっと頭がおかしくなってしまいますよ』
『あーなるほど』
僕が学校で勉強をしている間に時雨から話しかけられることはほとんどなくて、その間何をしているかと思っていたら僕の代わりにモノの相談を受けてくれていたようだ。んー……正直言って、モノからのお悩み相談、時雨だけで大丈夫なんじゃないかなぁ。時雨は冷静で頭良さそうだし、僕が神様のお手伝いをする必要ある?
『紫苑さんにしか出来ないこともいっぱいありますよ』
『だぁーから勝手に頭の中のぞかないで』
そんなこんなで学校に到着し、いつも通りの学校生活が始まった。
「ねぇ」
「おわっ!!な、何だよ天音!」
教室に入り、友達に挨拶をして席に着く。時雨と話すようになって一日中人と会話するようになったからか、周りにクラスメイトがたくさんいようが関係なくボーっとして、無理やり一人の時間のように過ごすことが増えていた。突然クラスメイトで因縁の相手である女子生徒、天音一葉(あまね かずは)から話しかけられて体が跳ねた。
「そんなに驚く?」
「う、うっせ!」
「まぁいいけど……なんであんた最近挙動不審なの?」
「え?」
「前から変だとは思ってたけど、最近は特に変。急に目が泳いだり、口開けてボーっとしてたり……ついに頭がおかしくなった?」
一応心配そうに聞いてくるけれど、ちょこちょこ失礼なこと言ってないか?いやめちゃくちゃ失礼なこと言ってるよな?
『ここは怒ってはいけませんよ』
「うるさっ――」
「は?」
『時雨!急に話しかけないで!』
『失礼しました』
時雨に突然話しかけられてつい声に出して怒ろうとしてしまった。途中で何とか気が付いたけれど、天音がめっちゃ睨んでくる。まずい。
「ちがっ!何でもない!」
『心配してくれてありがとう』
「し、心配してくれてありがとう……」
「え?……本当に頭大丈夫?どこかぶつけたの?」
「んなっ!」
「……まぁ何でもないならいいけど」
つい釣られるように時雨が言ったことを繰り返したら、天音は最後まで失礼なまま仲の良い女友達のグループへと戻って行った。何なんだ、あいつは。
『よく言えました』
『いやよくないでしょ』
何だか嬉しそうな時雨の声が聞こえたけれど、僕は大きなため息を吐いていた。天音のことを知られてからというものの、学校にいる間でも天音が関わる時だけ時雨は声をかけてくるのだ。時雨は絶対僕で楽しんでる。
天音はいわゆる幼馴染というやつだ。母親同士が先に仲良くなって、それで小さい頃はよく一緒に遊んでいた。小学校に入学し、それぞれの友達ができてからは自然と遊ばなくなっていた。しかし去年一緒のクラスになって、また話すようになったというか、何故かケンカ腰で話すようになっていた。昔は仲良く遊んでいたというのに。
『思春期ってこういうことなんですねぇ……』
時雨の感情は声からしか感じ取ることができないから表情は分からないけれど、もし時雨の表情が分かるのならきっと、満面の笑みを浮かべている気がした。
『紫苑さん』
「んぁ?」
休み時間にトイレで用を済ましていたら突然時雨に話しかけられた。天音の来ることのない空間で安心していた僕は不意に届いた時雨の声に間抜けな声を出してしまった。
『放課後、ちょっといいですか?』
『……うん、分かった』
いつもよりどこか真剣なある少し低めの声だった。何かあったのだと察して僕はしっかりと返事をした。
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