革のペンケース

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『何でこんなところに?……ん?なんか声聞こえない?泣いているような……』 『私が紫苑さんにも聞こえて欲しいと思うモノの声は、私が願えば紫苑さんにも届くようになるようです』 『へぇー。それも神様のチカラ?……ここら辺かな?』  放課後。友達に用事があると言って、一人、時雨の声に従って学校の校庭の裏側、人気のない場所へ辿り着いた。適当にそこらへんの木の棒を拾い、泣き声の聞こえる目の前の茂みを適当に撫でると、何かに棒がぶつかった。 「ん?……何これ……ペンケース?」 「この方がずっと泣いてらっしゃったのですよ。ただ事ではなさそうでしたので、紫苑さんからお話を伺ってみてはいただけますか?』  茂みから出てきたのは革製のペンケースだった。少し泥で汚れてしまっているけど、ハンカチで拭ってみると綺麗になって安心した。てか何これめっちゃ大人っぽい、とか思っていたら頭の中に若い女性のような声が聞こえた。どうやら泣いているようだ。 「え?何?どうしたの?」 『グス……グス……』  すすり泣く声が聞こえるだけで語りかけたけれど返事はない。時雨に話を聞いてと言われたけど、話ができそうな様子ではなかった。ちなみに時雨によると、ちゃんと僕が伝えようと思ったことだけが時雨以外のモノには伝わるらしい。 『どうしよう』 『落ち着くまで少し待ちましょうか』 『んーでも、こんなところで突っ立ってても怪しいし……』  ペンケースがこんな変なところに落ちているなんてどう考えても不自然だ。自然に考えるなら―― 「イジメだよねぇ……」 『うわぁあああ』 「あぁ!ごめん!」  つい言葉にしてしまったことはこのペンケースにも伝わってしまった。僕の言葉を聞いて余計に泣き声が大きくなる。これで決まりだ。このペンケースの持ち主は誰かにイジメられている。そしてこのペンケースはその事情を知っているのだ。 『うわあああん……そうまくんに会いたい……』 「そうまくん?」 『持ち主の名前でしょうね』  そうま、そうま……隣のクラスに相馬さんって子がいたな。いやでも女子だしなぁ。クラスに自分のことを「僕」って言ってる女子いるけど、別に相馬さんはそういう感じでもなかったような……。 「せめてクラスだけでも分かればなぁ」 『うぅ、グス……6年、2組……』 「うわ、やっぱり上級生かぁ……」  革製のペンケースなんて渋すぎるだろって思ったら、やはり持ち主は上級生だった。万年筆を持ち歩いている自分が言うのも何だけど。正解なのかは分からないけど、一応慰めるつもりでペンケースを撫でてあげた。 『返しに行ってあげましょうか』 「放課後だしもう帰ってるでしょ。それに話したことない人なのに持ってったら何で分かったのって思われるだろうし」 『それもそうですね』  それに上級生の教室なんて正直怖くていきたくない。だってそうまくん、とやらをイジメてる人がいるかもしれないし。このペンケースを届けたところを見られたら絡まれそう。このペンケースの悩みのタネであろうイジメ問題をできるなら解決してあげたいけど、何も作戦もなしに行くのは状況が悪くなりそうだ。 「時雨さぁ、モノと離れてても会話はできるの?」 『そうですね。あまり遠くなければ』 「じゃあまずは職員室に届けにいこうか。このペンケースも持ち主のところに帰りたいだろうし」 『そうしましょう』 「グスッ……グスッ」    迷子の小さな子どものようにペンケースのすすり泣く声がずっと頭の中に響いていた。何とかしてあげたいけど……どうしたらいいのだろう。 「失礼しまーす」 「お?どうした添水(そうず)。何でまだ学校にいるんだ?」  職員室に入り、近くにいた近藤先生に声をかけた。去年担任をしてもらっていた明るくて頼りになるおじさんの先生だ。去年よりも白髪が増えた気がする。今日は近隣の人たちが校庭を使う予定で生徒たちは利用禁止になっていた。だから放課後に学校に残っている生徒は珍しかった。 「落とし物見つけて……」 「おぉ、そうか。ありがとう。預かっておくよ。どこで見つけたんだ?」 「えっと……」  やべ、イジメのことをどうしようか考えてばかりで何も考えてなかった。校庭の裏の茂みに落ちてたって、どういう状況で見つけてんだよ。このペンケースから泣いてる声が聞こえて、なんて言えないし、ど、どどどどうしよう。 『落ち着いてください紫苑さん』 『うえぇ?でも早く言わないと――』 「あ、それ僕のペンケースです」 「……え?」  近藤先生にどこで見つけたかをどうやってごまかそうか頭をフル回転させていたら、突然上の方から柔らかな大人の男性の声がした。視線を上げるとそこにいたのは、僕よりもずっと背が高くてスラッとしていて、爽やかな笑顔を浮かべている、石田先生だった。 「あぁ、石田先生のでしたか。良かったですねぇ見つかって」 「君が届けてくれたの?」 「あ、はい」 「廊下にでも落としたかな?」 「あ、えと、そうですね」 「そっかぁ。わざわざありがとうね」  この場を乗り切った安心感はすぐに強い不安感へと変わっていた。あれ、確か石田先生って……。 「……石田先生って6年2組の担任でしたっけ」 「うん?そうだけど……どうして?」 「あ、いえ……そうだったかなって思って……」 「さぁもう良いだろ?添水、そろそろ帰りなさい」 「……はーい」    近藤先生の言うことを聞いてようやく家に帰る。最初は間違いかと思った。石田先生がそっくりなペンケースを持っていて、自分のモノだと勘違いしているんじゃないかって。でも違った。帰る間際に石田先生の手に戻ったペンケースから届いた嬉しそうな声が最後にダメ押しするように、答え合わせをしてくれた。 『ただいまそうまくん!!』  イジメられているのは、石田先生だ。
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