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※神凪葵という人物を
※詩音side
葵くんと廊下を歩くといつも以上に見られているって分かる。
僕と葵くんが有名なのはお互い分かっているけど、葵くんと歩く時は別格だなー。
なんか、憧れの眼差しの他にもあるんだよね。恐怖とか恐れみたいな目も。
葵くんは気にしてないみたいだけど、僕には慣れない視線だから少し居心地が悪かった。
そしてそんな僕らが辿り着いた場所は職員室。
教頭先生に会いに来たんだ。
「失礼します」
葵くんはいつも通りに中に入って行く。僕も後を追うように入る。
中には次の授業へ向かった先生達が多いのか数人の先生しかいなかった。
そして僕達に気付いた教頭先生が声を掛けてくれた。
「やあ神凪くんに薗田くん。どうしたのかな?もうすぐ授業始まるぞー?」
相変わらずな細目でニッコリ笑っている陽気なおじさん。教頭先生は良い人で僕が演劇部にいた頃も良く覗きに来てくれていた。
さっきの僕達の生放送を聞いていた筈なのにこの対応とはさすが教頭先生だと言うべきか。
「折り入って話があるのですが、お時間頂けますでしょうか?」
「神凪くんの話なら聞かない訳には行かないね!二人共こちらへどうぞ」
葵くんの言う事をすんなり受け入れる教頭先生は、僕達を職員室の奥の部屋に連れて行った。
ここは校長室の筈だが、校長先生は不在らしく誰もいなかった。
そして教頭先生は僕達二人をソファに並んで座らせて、自分は対面側に座った。
終始ニコニコ細い目で笑っていた。
白髪混じりのふさふさの髪にキチンと着こなしたスーツ姿は誰がどう見ても好印象。中年よりやや上ぐらいに見えるが、実際の年齢は誰も知らない。
教頭先生は物分かりの良い先生で、いつも僕達の話を親身に聞いていた。
ここで午後の授業が始まる鐘が鳴った。
もちろん教頭先生にも聞こえている。
生徒会長の葵くんは特別なんだ。だから一緒にいる僕もこうして何も言われずにここにいられる訳だ。
「教頭先生は、先程の私達の演説を聞いてどう思われましたか?」
「いや~、さすがと言うべきか、相変わらず神凪くんは面白いなぁと思いましたよ」
あははとまるで友達と話すかのように笑っている教頭先生。いや、声をあげなくてもずっとニコニコ笑ってるんだこの人は。
「具体的な感想をお聞きしたいのですが、答えてもらえますか?」
「そうだね、まずは薗田くんの演説についての感想だが、僕としてはこの学校の文化祭の名物にもなっている演劇部には是非とも成功させてもらいたい。だけど、薗田くん本人がああ言うなら仕方ないんじゃないかな。僕は部活に関してはそれぞれの顧問の先生達に任せているから、どうするかは部活内で話し合ってもらいたいと思っているよ」
「ありがとうございます。僕も後輩達に少し意地悪をし過ぎたと感じる部分もありますので、今一度話し合ってみます」
「うん。引退したのに悪いね」
「では、私の提案についてはどうですか?」
僕の方のは予想通りの答えが返って来たかな。
教頭先生からしたら演劇部の内輪揉め程度にしか思ってないんだろうけど。
今度は葵くんの番だった。
これは僕も気になる。
教頭先生は変わらない様子で話し始めた。
「神凪くんの言ってた提案は、前にも聞いた内容だったね。でもこればかりは僕の一存では決められないから今は何も言えないかな」
「なら、教頭先生自身の意見をお聞きしても?」
「僕の意見ね……いいんじゃないかな。高校生だろうと生きていれば必ずどこかで人を好きになる事はあるしね。その時の立場や場所などを考えて二人が行動していれば特に処罰する必要はないと僕は思うけどね。けど、さっきも言った通り僕一人の意見で変えられる物じゃないんだ。これは分かってくれるよね?」
「勿論です。答えて頂いてありがとうございます。では、次に教頭先生にお願いがあるのですが聞いてもらえますか?」
教頭先生の答えに葵くんは素直に頷いて、更に言葉を繋げた。
ぐいぐい行くね~。全く動じずいつもの葵くんに僕は隣でワクワクしていたよ。
「なんだい?神凪くん」
「今現在二人が謹慎処分を受けていると思いますが、もしまた登校してくる事になった時、二人の為に教頭先生が直々に授業をしていただきたいのです。空いた時間、数分でもいいんです。私の中で一番心に響く言葉を持っているのは教頭先生だと思っています。どうか前向きに考えてもらえませんでしょうか」
「これは驚いたな!まさかそんなお願いをされるなんてね。あはは!神凪くんはやっぱり面白いね!うん、分かった。ちゃんと考えてみるよ。そうそう、二人のこの後なんだけど昨日の会議で決まったんだ。今日中に二人には担任の先生から連絡が入ると思うんだけど、これはもう決まった事だから文句言うのは無しだよ?」
「はい。その件については私からは何も言えません。教頭先生、お忙しい中お話しを聞いて下さりありがとうございました」
「僕も、久しぶりに教頭先生とお話しが出来て嬉しかったです。これからも演劇部の様子見に行ってあげてくださいね」
それぞれ挨拶を済ませて校長室から廊下に出る。
葵くんの最後に言ったお願いには驚いたな。
まさかそんな事を考えていたなんて。まぁ二人の為になるならいいと思うけど、まったく何を考えているのか親友の僕でも分からなくなる事があるよ。
「さっきのは二人の為を思ってなのかな?」
「好きに捉えてくれて構わない。特に秋山は私の指導対象だ。これから先私は生徒会長の名も取れて本格的に受験モードに入るからな。出来る事が限られてしまう前に先手を打っておこうと思っただけだ」
「ふふ、なんだかんだ優しいんだよね葵くんて♪もっと普通に話したらいいのに、葵くんの良さって分かりにくいからみんなに誤解されるんじゃないか」
「それでも私は不自由していない。ならこのままでも問題ないだろう」
「僕達は良いけど、もっとみんなにも知ってもらいたいなって思うよ。神凪葵という人物を」
「そんな必要は無い。詩音や梓に分かってもらえていればそれで十分だ」
僕達の知る葵くんはきっとみんなが知ってる葵くんとは違う。
本当はとても優しくて面倒見の良い男なんだ。
それを知ってもらえたらきっとこの学校の誰よりも人気者になれるのに。
僕は葵くんと久しぶりにこうしていられる事が嬉しくていた。ここに梓もいたら良かったのに……
でもそれは言わない。
諦める第一歩だ。
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