第一章 出逢い

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第一章 出逢い

【第一話】 真昼にも関わらず荘厳な雰囲気を漂わせる王宮に似合わない声が響く。 「琥珀様ッ…お待ちを!また王宮を抜け出すおつもりですかッ…!?」 「うるさいぞ望月…そんなに気になるならお前も行くか?楽しいぞ〜」 「ふざけないでくださいっ!」 「はぁ…毎日騒がしいことよ。望月殿も諦めれば良いものを。琥珀様を止めることなど、到底できはしないのに。」 「いや、望月殿もそんなことは分かっておる。ただ、青藍様に頭を下げて頼まれたらしく、何としてでも琥珀様を講義に連れ戻さなくてはならないとのことだ。青藍様も、なぜあの阿呆…おっと失礼。琥珀様にあれほど執着なさるのか。王様はとっくに諦めてらっしゃるのに…」 文官にヒソヒソ小言を言われているのに気付き、望月は深いため息をつく。 「どうしましょう…」 ひどく落ち込む望月をよそに、今日も琥珀は街へ出ていった。 琥珀は齢18、他でもないこの国の直系の王子である。雄の覇気まとう父・猛龍王と、童顔で可愛いらしい妃の寧々の顔の良いところだけを取って集めた、活発で、太陽のような青年である。 見た目の通り、はつらつな青年は本来王子が受けなければならない講義を毎日サボり、街へ出て民に紛れては娯楽を楽しみ、酒を飲んで女と遊んでいる。 先ほどの望月は琥珀の世話役で、琥珀が赤子の時からずっと側で仕えてきた。昔からやんちゃな子どもではあったものの、このような不真面目な王子になってしまったことの責任を感じているのである。 「やれやれ、最近望月の小言が多くなってきたが、どういうことやら。あ〜んな講義を聞いて何になる。『王家は神の遣いである、無知な民を教え導かなければならない』だと?何様のつもりだ。民は偉そうな王家と違って、楽しい遊びや人情もあるってのにさ」 しかしながら琥珀とて、昔からこうではなかったのだ。幼い頃は講義をきちんと受け、自らが王家の人間だと自覚し、誇りを持っていた。民は無知で穢れていると本気で信じていたのだ。しかし、齢10の時、珍しい蝶を追いかけて王宮の塀に登った際に転落してしまい、意識朦朧とする中、優秀な医者に助けられ、その時初めて民の世界を知ってしまったのだ。望月が自分を探しに来るまでの間、リハビリをしたほうが良いという医者の勧めで、怪我から復活した琥珀は街をいろいろ見て回ったり、自然に触れ、同世代の子どもたちと凧揚げをして遊んだ。講義や書物に描かれる民は無知で、凶暴で、人を人とも思わないと記されていたが、(もちろんそのような人はいつつも)助けてくれた医者や子どもたちのように親切で、聡明な人間が存在することを知ってしまったのだ。民は王家の人間のように傲慢、高圧的ではなく、人情があり、街には楽しい宴や娯楽もあることを琥珀は幼少期に知ってしまったのだ。 それからというもの、それまで真剣に聞いていた講義は戯言に聞こえ、尊敬していた師にも反発するようになってしまった。 そして、今に至る。 昼間の街は人通りが多く、商人や学生、地方官などでごった返して賑やかだった。道の両脇には小物や食料が並べられた店が立ち並び、初めてこの場に訪れた人ならばあちこちに目が移ってしまうところだが、琥珀は慣れた様子で簾に大きく”酒”と書かれた店に入る。 「やっほ〜!ジッさん、今日も逸品の酒を頼むよ〜」 「おっ!珀くんっ、待ってたぞ〜、ちょうど今日良い酒が入ったんだよ〜!珀くんはウチの大事な常連さんだから、ぜひ飲んでほしくてさ〜」 琥珀は当然自らの身分を隠しているため、街では商人の"(スイ)"と名乗っている。 「おおっ!本当に美味いな…どこの酒だ?」 本日逸品の酒は、高貴な紫色に輝いている。 「美味いだろ?これはな遠い西の国の酒みたいだ。珀くんだって商人だから一度は彼らに会ったこと、あるだろう?彼らの酒はなんとも不思議な色をしているが、味、酔いは最高だ…!だから飲み過ぎ注意だからな!」 「あぁ、彼らか…。そりゃ珍しいわけだ…」 勿論、琥珀は本当の商人ではないのだから、西国の人に会ったことはないのだが。 西国の酒は本当にこちらの酒とは全く違い、香りを嗅ぐだけでも体が熱くなってしまう。 「や…、本当に効いてきたな…、ジッさん、これはやばいな。あらゆる酒を飲んできたこの俺でも、頭がクラクラするよ…」 「おぉそうだろそうだろ、おいおい、昼間から色男が酔っている姿なんて、女たちが可哀想じゃないかぁ…水でも飲むか?」 「あ、あんがと。ジッさん、ちょっと風に当たってくるわ。お代、ここに置いておくよ。」 行きつけの酒屋に別れを告げ、街をフラフラ歩くことにした。10月の冷たい風は心地よく、火照った頬や体を程よく冷やしてくれる。ただ、ジッさんの言う通り、自分の酔った姿は昼間の女性たちには大変刺激が強かったらしく、横を通り過ぎる女性たちは頬を赤く染めて目をそらすもの、また口をポカーンと開けたままじっと見つめる者等様々であった。そんな中、威勢の良い声が遠くから聞こえた。 「珀ちゃーんッ!そこの色男ーッ!!」 ああ、またいつもの彼女か。と琥珀はため息をつく。 「爛さん、頼むから大声で名前を呼ばないでくれません?」 「もお~つれないわねぇ。アタシに会えて嬉しくないのかい?ねえ、次はいつ来てくれるわけ?うちの華たちがアンタに会いたくて仕方ないって言って、他の客のお相手中でもうわの空で客からクレームが来てるんだよ。一目会ってくれるだけでいいからさ、ねえ、今から来ない?」 爛さんは、この街一番の妓楼の女店主で、齢50ほどで若くはないが、その経営能力は大変すばらしく、彼女の店には見目麗しい美女たちがわんさかいる。琥珀は一度ありったけの金をもって妓楼に遊びに行ったことがあり、その金に大変喜んだ彼女は店逸品の美女をこれでもかと出してくれた。しかし、こちらが客のはずが逆に美女たちが琥珀の美しさに酔いしれてしまい、それからというもの、美女たちが琥珀を待ち望むようになってしまったのだ。 「爛さん、せっかくのお誘いに申し訳ないが、今はちょっと刺激の強い酒にやられちゃってねぇ…。今華たちに会いに行ったら、俺は爛さんの大事な華たちを傷つけてしまいかねない。また会いに行くから華たちにはこれを。」 そういって琥珀が渡したのは一輪の花。つい先ほど道端で摘んだシロツメクサなのだが、妓楼の華たちはこんなモノでも、琥珀からの贈り物なら喜んで受け取るだろう。 「まあ!アンタ、ほんっとにこういうところ、イヤな男だねぇ…。言われてみれば、今日はいつもに増して色気ムンムンだね。こんな姿のアンタを見せたら華たちはどうなることやら…。まあ分かった!だけど早いうちに来ておくれ。今のままでは商売にならん!!」 爛さんに苦笑いを返した後、琥珀はまたフラフラと歩き始めた。彼女の前では何とか平然を保っていたが、だんだん足元までふらつき始め、視界もフワフワしてきた。これはマズい、と思い、繁華街を抜けて道のはずれに移った。このような賑やかな街も、一歩はずれの道に入ってしまえば意外と地方の農村と変わらない緑が生い茂っている。 琥珀は手入れが行き届いていない草むらの中に入っていき、大きな一本の木の幹に腰を下ろした。 「くっそ…俺としたことが。ジッさんの酒に負けるなんてなあ…」 意識がもうろうとしつつも、視線を前に向ける。 「平和だなあ…、ここは。」 このように遊び歩いている琥珀だが、越えてはいけない一線は心得ていて、必ず夜更けまでには帰るようにしているのだ。ただ、毎日その足取りは重い。 王宮に帰れば、”阿呆者”と陰口を言ってくる文官や分家のもの、また勉学を強いてくる師や望月に囲まれて、居心地の悪い思いをしなくてはならないからだ。一度気づいてしまった王宮の異常さを見て見ぬフリができるほど琥珀は器用ではないのだ。 そのようなことを考えているうちにも、どんどん酔いは回っていき、気づけば琥珀はその場に倒れこんでいた。
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