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【第二話】
「あのっ…聞こえますか?大丈夫ですかっ…?」
誰かが何か言っている気がする。意識がぼんやりしていて、自分にかけられている声なのかいまいち分からない。
その声は柔らかく穏やかで、聞いていると、余計意識が遠のきそうになる。
「大変だ…意識が無い。今すぐ父上に診てもらおう。」
そう言うと、声の主は勢いよく琥珀を背負った。優しい声の割に、意外と力が強いみたいだ。
その時初めて琥珀は声の主が自分に話しかけていたことに気づいた。
「あっあの!すみませんっ!意識ありますっ!!今起きましたッ」
琥珀は慌てて叫んだ。自分は重病人ではなく、ただ酒に酔っているだけだからだ。
すると声の主は「あ、そうですか。良かったです。」と穏やかな声色で告げた後、今度はそっと琥珀を降ろしてくれた。
降ろされた琥珀は悪酔いをしてふらつきながらも声の主にお礼を言おうとすっと顔を上げた。
顔を上げて思わず目を見開いた。
その人は琥珀と同じ18歳ぐらいの見た目で、色白でどこまでも澄んだ瞳、つややかな黒髪で、とても美しい少女だった。妓楼や王宮で数えきれないほどの美女を見てきた琥珀でも、思わず息を呑んだ。
身を包んでいる衣は決して洗練されたものではなく、街を歩いている人々よりも粗末な造りだが、そんなことも気にならないほどである。
酒のせいで熱っぽい琥珀だったが、あまりの衝撃に体温が上がり、脈が早くなるのを感じた。
「ごめんなさい、つい焦ってしまって。お休みの邪魔をしてしまいましたね。」
美少女は眉を下げてゆっくりとそう告げた。自然と人に安心を与える表情と声は、先ほど飲んだ酒よりも、この世に存在するどの酒よりも琥珀を酔わせるにはうってつけだった。
琥珀はもう何が現実で何が夢か分からなくなっていた。気がつくと、自然と言葉が出ていた。
「いや、大丈夫…。ありがとう、気にかけてくれて。君、名前は?俺は珀。」
美少女は名前を聞かれたことにきょとんとしつつも、昼寝の邪魔をしたことを咎められなかったため、少し安心したような表情をみせた。
「名は怜と申します。珀さんというのですね。素敵な名前ですね。」
ニコリと笑い彼女はそう告げた。その笑顔があまりにも可愛すぎて、顔がニヤけてしまいそうになる。
琥珀はどうしてもこの美少女とお近づきになりたかった。酔っていても、琥珀のナンパ癖は健在である。
「怜さんこそ。ねぇ怜さん、これから時間は?もしよかったら、お礼に茶屋でもどう?」
いつもの琥珀なら、女の子と話す時はもっと低く甘い声で、持てる色気を振りまいて、色男らしく決めるのだが、今は酒と目の前の美少女のせいで頭が朦朧としているため、そんな余裕はなく、逃したくないと少々早口である。
こちらから請うているような、この街のどこからでも聞こえるナンパのようになってしまったが、このような減点があっても美少女は自分のような男から誘いを受ければ、美しい瞳を輝かせてくれるだろうと琥珀は回らない頭で考えていた。
しかし、目の前の美少女は眉を八の字にして、「うーん、」と言っている。何だか雲行きが怪しい。
「せっかくのお誘い申し訳ないのですが、私はこれから医学塾で勉強する予定なのです。ごめんなさい…」
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