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『だから、初めに聞いておく。お前はどうしたい』
スイは静かに尋ねた。
「どうって、死ぬのは怖いし嫌だよ」
『だよな。じゃあ、話を先に進めよう。一番簡単なのは、お前がその時間にその場所にいないことだ』
それは確かにそうだ。でも…
『ただ、車の方は何も変わらない。お前の代わりに誰かが犠牲になる可能性がある。それに耐えられるか』
「そんなの…」
無理だ
さっきから予想外のことばかりで、かえってスイの話が本当に思えてくる。まだ実感はできないけど、僕がいなければ代わりに誰かが死ぬんだ。たとえ事故の瞬間を見なかったとしても、何だか後味が悪い。
『まあ、マトモな奴ならまず無理だろうな』
スイが僕の代わりに答えを出した。
『だから、次に考えるのは車の軌道を変えることだ』
スピードを落とすか、違う道を走るか。せめて自損事故で済むような方法はないのか。
『これはかなり厄介なんだ。物理的な変化を加えるのはリスクも技術も必要みたいで』
「運転手の行動を変えるのは?」
『それもひとつの手だな。だが、そいつはもう既に酒を飲んでいる』
「飲酒運転なの?」
いくら僕が子どもでも、その事の重大さはわかる。なんて奴だ。僕が死んだらそいつも死刑になるだろう。
「車を壊しちゃえば? せめて鍵を奪うとか」
『お前、なかなか頭いいな』
こんな時なのにスイは楽しそうだ。
「僕は真面目だよ」
『俺に出来るのは、お前の体に入って自分の意思通りに動かすことだ』
「と言うと…」
『俺が憑依してもしなくても、実行するのはあくまでお前だってこと』
自分を守るためとは言え、それも犯罪には違いない。
「…姿を消したりはできないの」
『漫画じゃあるまいし』
既にこの状態だって現実離れしている。僕はため息をついた。東の空が明るくなっている。うっすらと周りの輪郭がはっきりしてくるけど、解決の方法は見えてこない。
「いま何時?」
『もうすぐ五時だ。あと三時間ある』
「…少し歩いてもいい? じっとしてるよりマシな気がするんだ」
スイも何度目かのため息をついた。
『川べりは冷えるけど』
幹線道路の先に橋の明かりが見えている。風もなく穏やかな朝はまだ始まったばかりで、人影はない。
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