彗星

2/2
前へ
/9ページ
次へ
「綺麗だね」 「美容師のオススメ。入院しててもオシャレは出来るって」 「病院にいるんだ」 「ああ。もう恐らく家には戻れない」 「何で? ねえ、何で…!」  僕は思わずスイの腕を掴んだ。今度はしっかり感触があったけど、背の高さに比べてそれは心もとないくらい細く頼りなかった。 「俺もよくわかんねえよ。あいつの顔なんてもう二度と見たくないけど、お前のことは嫌いじゃない」  スイの骨ばった手が僕の頭をそっと撫でた。 「やっぱり血が繋がってるからじゃねえのかな」  僕はスイのぺちゃんこのお腹にぎゅっとしがみついた。ほのかな体温がじんわりとしみこんでくる。細い腕に抱きしめられて、僕はじっと目を閉じていた。 「大きくなったな」 「え…」 「一度だけ会ったことあるんだよ、俺たち」 「ホント?」 「五年ぐらい前に公園で見かけてさ。ブランコを漕いでいたお前が落ちたんだ」  あいにくママはトイレに行っていて、他の友だちのお母さんたちはお喋りに夢中だった。泣きじゃくる僕に駆け寄って抱き起こしたのはスイだった。 「体が勝手に動いてたな。お前のことなんてどうでもいいと思ってたのに」  砂を払い涙を拭いてもらうと、僕はスイににっこり笑いかけた。 『おにいちゃん、ありがとう』  そのあとすぐに、僕は戻ってきたママの方に走っていった。 「まあ、あれも天使と思えなくもない笑顔だった」  スイはポケットから何か取り出すと、僕の前髪をかきあげてぱちんと音をさせた。手をやると小さなバレッタで留めてある。 「お揃いだ」  スイの髪にも煌めく一粒の光が青い軌跡を描いていた。 「流れ星?」 「彗星だ。俺の名前のスイと同じ。俺がデザインしたんだ」  シンプルで小さいけど、その星は真っ直ぐに自分の道を進むスイのようだった。 「素敵だね。そう言えば今も見えるんだよね」 「次に地球に近づくのは八万年後だってさ」 「誰も生きてないか」 「そうだな。だけど、その頃には俺たちもどこかで生まれ変わってるかもしれない」 「今度は本物の彗星(きょうだい)にね」  (すい)が笑った。 「俺を信じて。計画(プログラム)に関する記憶は消されてしまうけど、俺がちゃんと(せい)を覚えてるから」 「ありがとう。彗も絶対幸せになってよ」 「ああ。このままじゃ終われねえよ」  事故の瞬間まで、彗はそばにいてくれた。僕の記憶は彗の笑顔で途切れたけど、その手の温もりは絶対に幻じゃない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加