29人が本棚に入れています
本棚に追加
「綺麗だね」
「美容師のオススメ。入院しててもオシャレは出来るって」
「病院にいるんだ」
「ああ。もう恐らく家には戻れない」
「何で? ねえ、何で…!」
僕は思わずスイの腕を掴んだ。今度はしっかり感触があったけど、背の高さに比べてそれは心もとないくらい細く頼りなかった。
「俺もよくわかんねえよ。あいつの顔なんてもう二度と見たくないけど、お前のことは嫌いじゃない」
スイの骨ばった手が僕の頭をそっと撫でた。
「やっぱり血が繋がってるからじゃねえのかな」
僕はスイのぺちゃんこのお腹にぎゅっとしがみついた。ほのかな体温がじんわりとしみこんでくる。細い腕に抱きしめられて、僕はじっと目を閉じていた。
「大きくなったな」
「え…」
「一度だけ会ったことあるんだよ、俺たち」
「ホント?」
「五年ぐらい前に公園で見かけてさ。ブランコを漕いでいたお前が落ちたんだ」
あいにくママはトイレに行っていて、他の友だちのお母さんたちはお喋りに夢中だった。泣きじゃくる僕に駆け寄って抱き起こしたのはスイだった。
「体が勝手に動いてたな。お前のことなんてどうでもいいと思ってたのに」
砂を払い涙を拭いてもらうと、僕はスイににっこり笑いかけた。
『おにいちゃん、ありがとう』
そのあとすぐに、僕は戻ってきたママの方に走っていった。
「まあ、あれも天使と思えなくもない笑顔だった」
スイはポケットから何か取り出すと、僕の前髪をかきあげてぱちんと音をさせた。手をやると小さなバレッタで留めてある。
「お揃いだ」
スイの髪にも煌めく一粒の光が青い軌跡を描いていた。
「流れ星?」
「彗星だ。俺の名前のスイと同じ。俺がデザインしたんだ」
シンプルで小さいけど、その星は真っ直ぐに自分の道を進むスイのようだった。
「素敵だね。そう言えば今も見えるんだよね」
「次に地球に近づくのは八万年後だってさ」
「誰も生きてないか」
「そうだな。だけど、その頃には俺たちもどこかで生まれ変わってるかもしれない」
「今度は本物の彗星にね」
彗が笑った。
「俺を信じて。計画に関する記憶は消されてしまうけど、俺がちゃんと星を覚えてるから」
「ありがとう。彗も絶対幸せになってよ」
「ああ。このままじゃ終われねえよ」
事故の瞬間まで、彗はそばにいてくれた。僕の記憶は彗の笑顔で途切れたけど、その手の温もりは絶対に幻じゃない。
最初のコメントを投稿しよう!