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Epilogue
「あ。いけない」
ママが退院の手続きをしている間に、僕は病室に取って返した。ベッドサイドのテーブルに忘れものが光って見えた。
「よかった」
髪留めの小さなバレッタを手にして、僕は呟いた。事故の時に僕が身につけていたものだ。いつ手に入れたのか覚えはなかったけど、とても素敵なデザインだった。折れてない左手で試しに前髪を留めてみると、何だか大人になった気がした。
そのまま廊下を戻っていくと、ある病室のドアからひときわ明るい陽射しが辺りに届いていた。綺麗に整頓されたベッドのそばに、男の人が立っていた。
「何してるの」
僕が急に声をかけたせいか、驚いた男性の手から写真が一枚、ひらりとこぼれて僕の足元に落ちた。黒髪で優しく微笑む色白の青年が写っていた。左のサイドにひと房青いメッシュが入っている。元々の顔立ちが整ってるのもあるが、その青は彼にとてもよく似合っていた。
「カッコいいね」
思わず僕が言うと、男性は嬉しそうに笑った。彼も青みがかったグレーの髪色がとてもお洒落で、細身のパンツに羽織ったシャツの袖をまくっている。ウエストポーチからは鋏や櫛が覗いていて、美容師さんのようだ。
「ありがとう。俺が施術したんだ。この写真は遺影にしたいって言われててね」
「…この人、死んじゃったの?」
「うん。でも、最後は凄い幸せそうに微笑んでたよ。ちょうどこんな感じにさ。何かを成し遂げたみたいに」
僕はもう一度写真を見た。優しい眼差しは見守ってくれる安心感があった。
「友人なんだ。彼も美容師を目指していてね。俺の髪は彼にしてもらったんだよ」
「えー! すごいすごい。どっちもすごくいいよ!」
僕は何だかとても嬉しくなって飛び跳ねた。
「君、それ…」
美容師さんが僕の前髪に気づいた。僕は得意気にバレッタを指さした。
「いいでしょ。彗星みたいで」
「ホントだ。素敵だね。君ももう少し大きくなったらお店においでよ」
「うん! こんな感じにしてね」
僕は写真を返すと微笑む彼に手を振って、部屋を後にした。髪留めの星が光にきらりと反射して、病室の壁に彗星のような尾を残した。
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