裏エイプリルフール

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 家族と折り合いが悪かったせいか、常にピリついていた高校生の頃の厳流は、喧嘩っぱやく横柄で、いつも腰巾着を従えていた。要領のいい俺は、虎の威を借る狐になる目的で奴に近づいたわけだが、いざ懐に入ってみれば、厳流は仲間思いで繊細な男だった。 「お前のチャラさは直んねぇなぁ。いい加減、落ち着いたらどうかと思うわ」 「余計なお世話ですぅ」  俺は、ぼやけた視界で前を向く。様々な酒瓶が並ぶ棚を眺めながら、そのどれをも自分を満たしてはくれないのだろうと思う。  厳流の予言通り、俺の未来は孤独から免れない。それは、随分前から覚悟していることだ。 「ところで今、何時だぁ?」  胸ポケットからスマホを取り出すことすら面倒な俺は、独りごちる。  ひとり素面のバーテンダーが、棚の上段に置かれた時計を指し示す。俺は、四角い枠に大小並ぶ文字に目を凝らした。 「この時計変わってんね。やたらと読みにくくね? 結局何時なんだよ」 「カレンダーをモチーフにしたデザインなんですよ。時間を月になぞらえて、二分を一日として目盛りが刻まれているんです。長針は鉛筆の形でね。面白いでしょ」  隣の厳流も目を細めて、上を見ている。 「……えっとぉ、四月一日、今日はエイプリルフールか」 「アホか。そんなわけねぇだろ。鉛筆のケツを見てどうするんだ。削った先を見ろ。十月一日だろ」 「お二方、日付じゃなくて時間です」 「エイプリルフールの対極にある日ってことだな」 「聞いてますか? 今は十一月で、時刻は十時二分を少し過ぎたところですよ」 「対極ってことは、嘘じゃなくて本音を言ってもいい日ってことか」  バーテンダーは、酔っ払いの勘違いを修正するほど面倒なことはないと気付いたらしく、黙ってグラスを磨き始めた。

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