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だけど、今だけは逃げることを許して欲しい。
どうせあとで怒鳴られることはわかっているし、長々と聞きたくもない説教を聞かなければならないということもわかっているけれど、今だけは好きにさせて欲しい。
だって今は、不満しかない。
わたしまだ子どもだし。そんなにすぐに自分の気持ちを切り替えて謝るなんて大人じゃないのに、できるはずがない。
なんで、わたしはこの家に産まれてきたんだろう。なんで、わたしはわたしなんだろう。
そうやって考えてしまえば、余計に気分は憂鬱なものになって透明なものが数滴こぼれ落ちた。
走ることをとっくの前に拒絶してしまっている自分の両足に従順になり、とぼとぼと涙を拭いながら夜道を歩いていると——
カサっと、暗がりの向こうからなにかが地面を擦るような音がした。
「え、な、なにっ…?」
人?動物?それとも、わたしの、気のせい…?
怖くて、思わず立ち止まってしまう。零れていたはずの涙は一瞬にして引っ込んだ。
わたしは、幽霊が得意じゃない。って言っても見えないけれど。怖いお話とかそういうのがほんとに苦手で、極度の怖がりだ。
じゃあ、よるに出歩くなよって話なんだけど。
こわくてスマホを片手に握りしめたまま、立ちすくんでいれば、
「李百」
「…っ、なんだ、弥紘かあ。よかったあ…」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて身体からは一気に力が抜けた。ほっとしすぎて、つい、しゃがみこんでしまった。
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