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三年前に勇治の弟は、新宿の繁華街の路上に停めた車の中で殺された。
大学に進んだ勇治と違い、勉強が嫌いだった弟の遼一は高校を卒業すると下町の小さな工場に就職した。金属の板をプレス機にセットし、打ち抜いて部品を作る仕事であった。一日に何百回と同じ作業を繰り返して同じものを作る。毎日毎日同じ作業を繰り返した。それに耐えられなくなったのか、一ヶ月ほどでその会社を逃げるようにして飛び出した。やがて数カ月ぶらぶらしたのち、自分で運転手の仕事を見つけてきた。
勇治は一度、弟の運転する車を見たが、黒塗りの真新しいベンツのSクラスで、どう見ても一般人が乗るような車ではなかった。
仕事の時間は不規則であったが弟の金回りはすぐによくなり、派手な生活を送るようになった。
だが、それも数カ月で終わった。
ベンツの中で遼一は胸と腹を数カ所刺され、失血死で死んだ。頭や体を押さえつけられて鋭い刃物で何度も刺された。一人や二人での犯行ではないと思えた。
警察は弟の雇い主を始め、交友関係を調べたようだったが、犯人逮捕に結びつかぬまま、時は流れた。
勇治は弟の雇い主が関わっていると感じていたが、警察は若者同士の争いとして捜査を進めているようであった。弟の雇い主のことを警察から教えてもらおうとしたが、捜査中だとして拒否された。
勇治は自分で詳細を探るために夜の仕事に就いた。スナックのバーテンだった。一カ月ほど見習いとしてシェーカーの振り方を教わり、その後に正式採用された。風俗関係の方が情報を集めやすいと思ったが、それにはその地で起こった殺人事件の弟の名前が知られ過ぎていた。
勇治はその地域を牛耳るヤクザ組織が何か絡んでいると睨んでいた。弟の雇い主はその繁華街でかなり幅を利かせていたらしい。ヤクザと繋がりがないはずがない。
スナックで一年働き、弟の雇い主は麻薬の売人かそれに類する人間だということがおぼろげながらわかってきた。
やがてそのヤクザ組織と関係のあるパブの店長として雇われることになった。
その店は東南アジアの若い外国人女性を二十人近く置く店で、営業はいたって大人しく、過激なサービスは一切なかった。その分、料金体系はしっかりしており一見の客でもぼったくるようなことはしない。そんな組からの言いつけを忠実に守り、店の運営を切り盛りした。勇治が大学を出て二年目、二十四歳の時であった。
勇治が店長になって半年は順調に過ぎた。若く質の良い娘を多く揃えていることもあり、大勢の常連客が付いていた。小さなトラブルはあったが、客の多くはヤクザが関係している店と知っていて、大きないざこざは起こさなかった。もちろん勇治もホステスもヤクザの存在は努めて客に悟られないようにしてきた。組員が店の営業中に顔を出すことはなかったし、客にとって逆に不当な料金を払わされることなく飲める店といえた。
外国から出稼ぎに来ている若いホステスたちは、組の管理するアパートに集団で暮らしていた。その娘たちを店まで送り迎えするのが下っ端の若い組員であった。そのうちの何人かと店で顔を合わせているうちに世間話くらいは交わせるようになった。
頃合いを見て勇治は遠回しに繁華街で起きた殺人事件について訊いてみた。
「おまえ、村上って言ったな。殺された奴とは何か関係があるのか?」
髪を丸刈りにした若い組員は、そり上げた眉の間に深くしわを寄せて勇治を見た。
「弟でした」
勇治は隠さずに言った。
「そっか。だったら余計にそのことには首を突っ込むな。俺は何も知らねえ。知っていたとしても言わねえ。お前も下手なことを知ろうと思うな。自分の体が大事ならよ」
勇治より若そうなその男は説教するように言った。
そんなやり取りから勇治は確信した。組は弟の死と関わっている。ただ、それ以上のことを知るのは困難なことだということも。
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