1人が本棚に入れています
本棚に追加
夏の盛りを前にした、体にまといつくような熱気を含んだ夜の最中に事件は起きた。
快適な温度に保たれた店内は週末ということもあり、早い時間なのにテーブルの半分以上が埋まっていた。カラオケの音とホステスのはしゃぐ声が二階の事務所まで響いてくる。
勇治は前日の伝票の残りと、その日の店のオープン前に受け取った仕入伝票を見ていた。
突然、店でガラスの割れる音と男の怒鳴り声がした。
勇治はすぐに事務所を飛び出し、店へと続く階段を駆け下りた。大した事がなければいいがと思いながら店に入る前に足を止め、息を整えた。
落ち着いた素振りで店に行くと、客席の中央で補助用の一人掛けのソファを振り回している若い男が目に入った。普段店の切り盛りを任せている日本人ママが素早く勇治の元に駆け寄る。
勇治は手短に事情を聞いた。若い二人の男が一時間ほど店で飲んでいたが、お目当ての子が付かず、一人はへそを曲げて帰り、もう一人が暴れ出したとのことであった。
勇治は自分で話が付けられないようなら警察を呼ぼうかと考えたが、暴れているのは未成年の男だ。ママにこれから自分が説得してみるが、手が付けられないようなら組の事務所に連絡するよう頼んだ。
客たちは席を立ち、どうしたものかと暴れる男を遠巻きに見つめている。遠い席では我関せずと女の子といちゃついている客もいる。
「お客さん」
勇治は声を押し殺しながらも強い口調で言った。
男は目が座り、頬が赤い。かなり飲んでいるらしい。
勇治はその男のことを知っていた。川口という少年である。
この店の店長になる前の、バーテンをしている時にその店に来たことがある。三人連れで店に入ってきたとき、嫌な客が来たなと思った。顔に幼さが残っていて、十六、七にしか見えなかった。
水割りの注文に、勇治は年齢を訊ねた。三人のリーダー格らしい少年が笑いながら自慢げに十七だと告げた。その少年が川口であった。
未成年の人間にアルコールは出せないと言うと、川口の顔色が変わり、その場で暴れ出しそうに凄んで見せた。
店には別に二人の客がいた。常連客である。勇治に店を任せてくれるようになった店のオーナーに、店内でもめ事を起こして迷惑をかけるわけにはいかない。
「お帰り下さい。ジュースでよければ出しますが」
冷ややかに勇治は言った。
「ふざけるな!」
馬鹿にされたとでも思ったのか、川口が大きな声を出してカウンターをバンと叩いた。
二人の連れはつまらなそうに店内を見まわしている。
「外へ」
勇治は静かに言った。
「よし、てめえも来い」
三人の客と共に勇治も外に出た。
酔客や素面の人達が行き交っている。
「大学生や社会人の方ならともかく、高校生には」
「バカ野郎」
川口が殴りかかってきた。
最初のコメントを投稿しよう!