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勇治は予想していたので、すっと身を引いてかわす。
川口は振り返ると、もう一度拳を振り回した。
剣道の有段者で、空手も幼い頃に道場に通った。学生時代には友人の影響でボクシングジムにも一年半通った。そんな勇治にとって相手はずぶの素人であった。
もう一度体を入れ替えて川口の拳をかわした時、不意に足をすくわれた。
仲間の一人が勇治の足を払ったのである。
勇治は尻餅をついたが、すぐに立ち上がり身構えた。本気になって相手をしないと収まりそうになかった。
三人はぐるりと半円に勇治を囲んだ。それまでの勇治の動きを見て只者ではないと察したらしい。
「俺は幼い頃から剣道と空手をやってきた。ボクシングジムにも通った。叩きのめされてもいいなら来い」
勇治の言葉にも三人は怯まなかった。ケンカの場数だけはこなしているらしい。ビビったら負けである。
一人が仕掛けた。間をおかず正面から川口も来る。
勇治はすっと後ろに身を引き、右から来た男の腹に拳を打ち込む。川口の拳を身を沈めてかわしながらその腹にもパンチを入れる。
二人ともその場にうずくまった。
残る一人がやけになって突っ込んでくる。
勇治はその拳をいなした。
「もう止せ!」
勇治は怒鳴った。
顔を上げた川口の目に激しい憎悪が籠っていた。
勇治とにらみ合っていた川口がふっと目を逸らした。
もう一度勇治を見た時、その目は穏やかであった。
男たちは素直になった。
従順になった若者たちはそれから一言も発することなく、しょぼくれたように去っていった。
それ以来何度か、川口だけが一人で店に来た。アルコールは出さなかったが、文句は言わなかった。勇治を兄貴と呼ぶようになり、色々と勇治のことを知りたがった。
川口はヤクザの構成員ではなかったが、下っ端として組事務所に出入りしていた。川口の話を聞いた組の者が勇治をパブの店長として紹介してくれたのである。
バーテン時代に勇治を慕っていたと言っても、川口と顔を合わせたのは数回である。パブの店長になってからは会っていない。丁度その頃、川口は組との関係を絶っていた。多分勇治がこの店の店長をしていることを知らないのであろう。
勇治の声は興奮した川口の耳に入らなかった。
川口は振り回していた一人掛けのソファを放り投げた。
激しい音と共にテーブルとソファが転がる。グラスや皿が床に落ちて壊れた。女の子たちが悲鳴を上げる。
そちらを見ていた勇治の頭にワインの瓶が振り下ろされ、気を失った。
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