序章

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 スマホのアラームが鳴って、現実へと引き戻される。  ある秋の夜のことだ。  ソファで寝ていた私は欠伸をして、起き上がる。手を伸ばして、アラームを止める。時間を確認すると夜9時を指していた。  私は脱衣所に行って、服を脱いで、シャワーで汗を流して、着替えることにした。黒のソックスに、黒のデニム、黒のTシャツ、その上に黒のベスト、さらにその上に、黒のスタジャンめいた革ジャケットを羽織る。最後に黒のヘッドフォンを肩にかける。毎夜この格好をしている。故にこれは夜の制服だ。  体がニコチンを求めはじめたので、ジャケットのポケットから煙草の箱を取り出し、とんとんとたたいて、一本の煙草を取り出す。火をつけて、ふぅ、と一息つくと、すぅっと体から禁断症状が引いていく。  しばしの喫煙タイム。  ふぅ、と根元まで吸いきった煙草を灰皿に押し付ける。  ヘッドフォンを装着して、玄関へと向かう。黒のブーツに足を通してから、しっかりとヒモを結んで、玄関の扉を開けて外へ出た。  私は毎日、アパートからそう遠くない公園へ夜散歩するようにしている。  も同じ場所で。そう――私は今から殺しをする。  今日はいつもより遅めで、現在は夜10時。3区がどういう手口を使って対象をこの公園に誘っているのかは謎だが、どうでもよいことだ。対象を求めて右往左往しなくてもいい。  公園にたどり着くと、煙草の火を消して携帯灰皿にしまい、ヘッドフォンの音楽を消して肩にかける。この時間になると人は誰もいなかった。  ゆっくりと歩く。  5分ほど歩いていると、対象と思しき人影を発見した。すぐさま最寄りの遊具の陰に隠れて様子を見る。暗がりでよく見えないが背丈と身幅を見るに男だった。私は今日の夕方にポスト投函されていた手紙の内容を思い出す。  <   >  物覚えが悪い私にとって、実にわかりやすい単純な指令だった。  確認しよう。。男から微かにが循環している。レベル1。アタリだ。  私の右目は魔力(それ)以外にも見えるものがあった。流星群のような筋肉の電気信号が人の輪郭を形作っている。それでが。そこにひときわ大きな一番星。それが明滅するおかげで、人間の急所の一つ、が、私には見えた。たまに心臓の位置が逆にある人がいるのだ。だからこの能力はとても役に立つ。  息を吸って、私は殺すことを決意した。ふぅ、と息を吐いて、駆ける。  右のポケットからバタフライナイフを取り出して、それを振って刃の部分をあらわにする。私自身、魔蟲(まむし)に噛まれレベル1となってから、身体機能が向上した私の50mのラップタイムは4秒を切る。その速さの勢いで、対象に瞬時に接近し、体重を乗せたナイフの一撃を、心臓に与えた。数秒静止。そしてそれをゆっくりと、引き抜いた。  男は多分、なぜ自分が死んだのかもわからないままに、ひざから崩れ落ちて、うつぶせに倒れた。私はナイフから血を払い、ジャケットにしまう。眼帯を取り付けて、煙草の箱から煙草を一本取り出して火をつけた。  私はヘッドフォンを取り付けて、スマホからある部門へ電話をかけた。  しばらくすると相手が出る。 「…………」 「如月朱音(きさらぎあかね)。対象排除。以上」  電話を切る。のこり55。そのまま音楽アプリにスワイプして、音楽をかけた。流れた曲は退廃的な音楽を奏でるUKロックのアーティストだった。物悲しい旋律が夜の景色と混ざっていく。私はそのメロディーに身を任せながら、散歩を再開した。
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