【一寸先は】1.一つ2,500円のサンドイッチは美味いのか

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(コンビニで、ご……5,480円、の、買い物……)  今にもバラバラになりそうな悲鳴をあげる自転車を漕ぎつつ、綾瀬藍人(あやせ らんと)はやや青くなっていた。 (バイト代入るまで、あと10日、あと2,000円あるかないか)  いや、そもそも7,000円でも多少不安が残りそうなもんだが。  大学から自転車で20分の距離にある築58年、4畳一間、台所・風呂・トイレ・洗濯機共同(あるだけマシ)の、俗にいう「ボロアパート」に住む大学3回生は、とにかく慎ましい生活をしているのだ。数日に一度、見切り品のシールが貼られるあの時間帯に、コンビニに立ち寄って、好きなサンドイッチの半額品を見つけて買うのが小さな贅沢で楽しみの一つだった。せいぜい2〜300円で済むはずのところが、何とそこで大ファンのモデル、葉刈颯を見つけてしまった。目元だけでも葉刈だと認識できるほど、なぜか藍人は葉刈の大ファンなのだ。  何でって?  異次元の人だから。  誰がどうみても9頭身の生まれながらのモデル体型に、どうしようもないほど整った容貌。遊ぶことに頓着のない、気前もきっぷも良すぎるセレブ。誰にでも忖度なくものを言ってしまう業界の異端児は、女性にはもちろんだが、やや厳つい男連中に異様に人気がある。 (なんでこんなコンビニに??)と思わずその横姿に見惚れかけていたところ、どうやらコンビニスタッフが外れたようで、現金オンリーしか扱えない高橋老人だった。  これまでも何度か葉刈と高橋のようなやり取りを目撃したことはあるが、流石に自分が立て替えてやろうとは思わなかった。 (すぐに、必要なものなんだろうな。コンビニに買いに来るくらいだし)と一念発起、次いで値段を聞いて行天したが、(葉刈さんの役に立つならいいか。こんなこと、もう一生ない)とそこはすっぱり諦めて男前に現金で支払いを済ませ、商品を見てやや愕然とした。 (いや、まさか避妊具代を俺が払ったとか……いや、まあ、あるかも。そりゃ、モテ過ぎてるし)  遊びまくっていることは、どこを見ても明確だ。  相手はこちらのことなど知らないし、感謝されるわけもなく、はっきり言って究極の自己満足。  そして、ここにきて究極の後悔に陥っているというわけだ。 「一個2,500円のサンドイッチかー……」  何という贅沢な。
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