【一寸先は】8.孤軍奮闘とは

2/7
前へ
/58ページ
次へ
 藍人が間抜けな声を出したところで葉刈にお呼びがかかり、本日の仕事がスタートした。 (匂い??……あ。好きなやつ)  おにぎりの具はどう見ても「鮭の小ぶりな切り身がまるっと一つ」「唐揚げ(甘辛だれ)」。これはどう見ても元山作で間違いない。そして、 「はいよ、仔ハムちゃん、特製味噌汁ー」  なぜか元山に手渡されるのはスープジャーで、 (あ、豚汁)  根菜と豚肉がゴロゴロ入った、熱っつあつのうまいやつ。  朝から栄養満点な食事を与えられ、 「あの、早崎さんは?」  んもー、と早崎は持っていた椅子を隣に置くと、よいしょ、と自分も座った。 「いい子だねえ君は。人のことはいいから食べなよ。僕たちはね、来る前に済ませてるから」  いや、それでも、だ。 「さすがに、皆さんの仕事場で、俺がのんびりこれ食べてると、感じ悪くないですかね?」  と思わず藍人が固まっていると、 「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで。君は全然関係者じゃないし、この後颯の機嫌損ねる方が大変だからさー。ああ、はいはい。じゃあ、食べててねー」  誰かに呼ばれたのか、早崎は向こうへ走って行ってしまった。  がじ。  そう言われても。  葉刈のチェアの隣に座る青年、撮影も見ずにスープジャーを片手におにぎりを齧る姿は確かに異様ではある。 「あなた、葉刈さんの新しい付き人さん?」  藍人が声の方を見ると、先ほど挨拶にやってきた波多中がそこに立っていた。 「付き人……というか」  いまいち、藍人自身が自分の立場を把握していないのは事実だが、基本的に何をしているでもなく、葉刈に言われるがまま隣で座り、食事をすることがほとんどだ。  今だって。 『座ってこれを全部食ったら、撮影を見てもいい』  だ。 「せっかく現場に来てるのに見ないでそんなもの食べてるなんて」 (まあ、そうだよな)  いかにも『バカじゃないの』的な言い方にしか聞こえないのは気のせいにしておこう。 「そんな付き人なんて、聞いたことがないわ」  いや。  全然気のせいじゃなかった。 「波多中さん。その子が何か」  ふと見ると、向こうから早崎が歩いてくる。 「いえ、葉刈さんとは何度かお仕事をさせていただいていますが、初めて見かける方だったので」  ああ、と早崎は藍人の隣に立ち、 「颯もこれ全部食えなんて、鬼だよねえ。頑張ってちゃんと食べちゃってよー」  と前置きすると、波多中を向いた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

686人が本棚に入れています
本棚に追加