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藍人が間抜けな声を出したところで葉刈にお呼びがかかり、本日の仕事がスタートした。
(匂い??……あ。好きなやつ)
おにぎりの具はどう見ても「鮭の小ぶりな切り身がまるっと一つ」「唐揚げ(甘辛だれ)」。これはどう見ても元山作で間違いない。そして、
「はいよ、仔ハムちゃん、特製味噌汁ー」
なぜか元山に手渡されるのはスープジャーで、
(あ、豚汁)
根菜と豚肉がゴロゴロ入った、熱っつあつのうまいやつ。
朝から栄養満点な食事を与えられ、
「あの、早崎さんは?」
んもー、と早崎は持っていた椅子を隣に置くと、よいしょ、と自分も座った。
「いい子だねえ君は。人のことはいいから食べなよ。僕たちはね、来る前に済ませてるから」
いや、それでも、だ。
「さすがに、皆さんの仕事場で、俺がのんびりこれ食べてると、感じ悪くないですかね?」
と思わず藍人が固まっていると、
「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで。君は全然関係者じゃないし、この後颯の機嫌損ねる方が大変だからさー。ああ、はいはい。じゃあ、食べててねー」
誰かに呼ばれたのか、早崎は向こうへ走って行ってしまった。
がじ。
そう言われても。
葉刈のチェアの隣に座る青年、撮影も見ずにスープジャーを片手におにぎりを齧る姿は確かに異様ではある。
「あなた、葉刈さんの新しい付き人さん?」
藍人が声の方を見ると、先ほど挨拶にやってきた波多中がそこに立っていた。
「付き人……というか」
いまいち、藍人自身が自分の立場を把握していないのは事実だが、基本的に何をしているでもなく、葉刈に言われるがまま隣で座り、食事をすることがほとんどだ。
今だって。
『座ってこれを全部食ったら、撮影を見てもいい』
だ。
「せっかく現場に来てるのに見ないでそんなもの食べてるなんて」
(まあ、そうだよな)
いかにも『バカじゃないの』的な言い方にしか聞こえないのは気のせいにしておこう。
「そんな付き人なんて、聞いたことがないわ」
いや。
全然気のせいじゃなかった。
「波多中さん。その子が何か」
ふと見ると、向こうから早崎が歩いてくる。
「いえ、葉刈さんとは何度かお仕事をさせていただいていますが、初めて見かける方だったので」
ああ、と早崎は藍人の隣に立ち、
「颯もこれ全部食えなんて、鬼だよねえ。頑張ってちゃんと食べちゃってよー」
と前置きすると、波多中を向いた。
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