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砂糖は海を渡ってやってきた
「なあ、幸……」
司は深刻そうな表情で幸を呼んだ。
「旅をしないか?」
幸は我が耳を疑った。
「司ちゃん、乗り物に乗れないのに?」
文明を無視した体質のため、司はあらゆる乗り物に乗る度に悲劇のゲロインとなってしまうのだ。
ヒロインになりたい幸なのに、そうなると雄々しく司の介抱をしなくてはならない。
「乗らなければいいんだ。我々には徒歩という手段があるではないか」
「ないかじゃないわ。旅ってどこまで?裏の山とか近所の海とか?」
「それは旅とは言わんだろう。北九州までだ」
「あ、そう。はあ?何百キロあると思っているのですか司ちゃん」
幸はうっかり頷きそうになって慌てて否定した。
「俺はただ、シュガーロードを旅してみたいんだ」
「シルクロードを旅するみたいに恰好よく言ったってだめだよ」
「最近幸は砂糖を抑えてるだろう。長崎の遠かすき焼きとか皿うどんとかはいかん。砂糖壺は思い切りひっくり返すためにある」
そんなわけはない。
砂糖壺に謝れ。
長崎の遠かとは、砂糖をふんだんに使うのが今でもおもてなしだと思い込んでいる長崎県民が、甘味の薄い料理などを指していう言葉である。
他県民には理解不可能な思考回路であろう。
もちろん健康面を考えると推奨できない。
「司ちゃんの健康のためだよ。さ、寝言は寝てから言えだよ。ベッドにする?布団にする?それとも寝る?」
「幸。俺は気づいてしまったがそれはもしかすると全部一緒じゃないか?」
「気づいたの?珍しい」
「幸。冗談じゃないんだよ。俺は旅をしたい。今のうちに、な」
司はふしの目立つ不器用な指で幸の頬を愛おしそうに撫でる。
幸は、司のどこか透明な笑みに胸をつかれた。
「うちの家計はなかなか厳しいけれど、何とかしましょう」
厳しいどころかもみじの葉っぱより真っ赤っかだが、幸はできる女なのだ。
「朝飯はかりんとう饅頭とウィンナコーヒーで頼む」
「努力はするー」
そう笑いながら幸は、かりかり梅とウインナーを出したりするが、司はそれに文句を言ったことはない。
司はどこまで本気か今一つわからないが、旅はちょっと面白いかもしれない。
幸は司の布団にするすると潜り込んだ。
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