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第三話 ノワール怪獣作戦実行
何だか騒がしい。うるさいなと思いながら目を開くと、僕はベビーベッドから離れていた。
そうノワール艦長の腕に抱かれていたのだ。
な、なんで?????
「カルス、深度を少しあげろ。空気が抜ける。トリムを取れ。レイモンド、湿度が高い2度くらいか、下げるんだ。このままだと上昇してしまう。せっかくカルスが取ったトリムがずれてしまう。ガエタン、フレデリック、本日の食糧の残りぐらいの確認を、高度が上がってしまう可能性がある」
僕を抱き抱えながらノワール艦長はテキパキと指示をだしていた。
「安定したな。カルス、レイモンド。そのまま維持しろ。これより浮上する。ジュール、ベント弁を開く準備を。10分後に水上航走に入る。そろそろ新しい空気の入れ替えをしないといけないためだ」
不慣れな様子の船員たちに、なぜその行動をとるのかノワール艦長はひとこと付け加えて指示を出していた。
もしかしてこの艦の船員は経験がないのだろうか?
だとしても僕が生まれてから数ヶ月はたっているはずなので慣れた頃合いではないだろうか。ジュールと呼ばれた人物には見覚えがあった。僕の世話役として一番貢献してくれている青年だ。
「起きたのか」
ちらりとノワール艦長が僕を捉えた。が、すぐに視線をそらされた。
ノワール懐柔作戦実行だ。
といってもただひたすらに可愛く見えるように甘えるだけである。そして仲良くなって艦内での僕の地位をあげるだけだ。
「うぅ〜?」
艦長の襟元を優しく引っ張って興味を持たせようという魂胆だ。まあ襟元が届かなかったので胸元に切り替えたが。
「……?」
艦長は何だ?と言った様子でもう一度僕を見やった。が、またもすぐに視線を戻した。
「ノワール艦長。スポリッド嬢はミルクが飲みたいのではー?」
ジュールが言葉を放った。
ナイス!ミルクはいらないけど艦長の興味は必要だ!
「そうか。しばし離れる。何かあれば私の部屋に知らせるように」
「「はっ!」」
船員たちが元気よく返事をしたのを聞き届けると艦長は僕を抱いたまま移動した。ついたのは艦長室と見られる場所だった。なぜかすでに哺乳瓶に粉が入っている。あとはお湯を入れるだけだろう。
てか何で艦長室に準備された哺乳瓶があるのさ。
艦長は僕をそっと優しく、大人用のベッドにおろした。その手つきは大切な割れ物を扱うような気の配り方を感じた。
慣れていないのか、お湯を沸かしたあと、哺乳瓶に入れる姿はさきほどまでの的確に指示をだす姿からは想像ができなかった。手元はおぼつかないし、手順に自信がないのかあちこちに手や目線が移っている。
おもしろ……ははっ、ざまあみろ。
少なからず僕は艦長に対し嫌悪感が募ってきている。どうして僕を育てているのかも謎だ。いっそのこと海にでも放り投げてくれたらもっと嫌いに慣れるのに……と。
何とか完成した粉ミルクを飲ませようと艦長は再び僕を腕に抱いた。
きゅるんとした眼差しを艦長に向け、艦長が差し出した哺乳瓶を口に含んだ。
粉っぽい。やはりジュールは粉ミルクを作るのも上手なようだ。だが飲めない訳でもない。一生懸命作ったものを赤子が飲まなければ艦長は落ち込むかもしれない。まあこの艦長に限って落ち込んだりしないだろうが。
艦長は僕が飲んでいる様子をじっと見つめている。行動の意味が理解できない。僕を嫌っているのか、たまに今のように大切に抱き抱えられ丁寧にミルクを飲ませてもらっている状況だと、実は大切なんじゃないか……とか考えなくもない。
期待して突き放されるよりは期待しないほうが自分の心にとっては平和だろう。だから僕は希望を抱かない。自分の子の名前を”死に損ない”なんて名付けるこの艦長にだけは。
本心とは裏腹に表情や態度は極めて従順に振る舞った。艦長が僕に心を開いたところでこちらから捨ててやるのも一興だろう。
……ここまで性格悪かったっけ、僕って……。
否、狭い生活圏で思うようにできないことに苛立っているのだろう。そしてその矛先が艦長に向いているだけだ。だとしてもこの嫌悪感は消えない。
ミルクを飲み干して艦長に最大級の笑顔を見せる。お前の作ったミルクは美味かったぞというように。
「…………」
またも微笑を浮かべて艦長は、僕の頭をひと撫でした。
ん?撫でたぞ?笑った後に……よし、まずは第一歩だ。可愛いだろう?自分の子が微笑む姿は?
「あぅああ〜」
短い手を必死に艦長に向けて伸ばす。
「?」
艦長は訳がわかっていないようだ。
くっそう……ノワール艦長がぎゅっと僕を抱きしめてくれたら、僕にできる最大の媚び声でないてやるのに!
だが依然として艦長は意味がわかっていないようだった。
くっそううぅぅ!!見てろよ!絶対に僕にメロメロにさせてやるっ!!
その日は艦長の腕に抱かれたまま1日を過ごした。ベビーベッドに戻る前に僕は眠ってしまったのだった。
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