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加々美さんは、黒いジュラルミンケースをテーブルの上に置いた。中央と左右、計3ヶ所のロックを解錠し、私に向かって蓋を開ける。緩衝材に包まれて、大人の両手の拳を合わせたくらいの大きさの灰白色の卵がそこにあった。
「先日、イスラエルで3体見つかりました。これは、そのうちの1体です」
「これが……天使の卵……」
最初に天使が発見されたのは、今から約80年前のことだ。戦火が耐えなかった中東の小国で、避難所が爆撃を受け、瓦礫の中の生存者を探していたとき、謎の光に包まれた卵が見つかったという。それ以来、世界各地で300体近く天使の卵が確認されているが、発見場所に共通するのは大量の人命が失われた場所だった。孵化出来た天使は、人々の願いをひとつだけ叶えて消滅する。願いの内容に制限はない。だから、人類は天使を平和的に利用するための国際組織を結成した。愚かな独裁者に世界を滅ぼさせないために。
「新しい天使の発見は近日中に発表されますが、我が国に運ばれてきたことは当然極秘事項です。そして、今後の我が国の国際社会での影響力を鑑みると、失敗は許されないのです」
そんな国家間のパワーバランスに関わるような大事に巻き込まないで欲しい。思わず懇願の眼差しを粂山所長に送ったが、彼はあたしに満面の笑みを向ける。
「このような貴重な機会を、他でもない私たちに委ねていただけるなんて、大変光栄なことですね」
確かに、この重要なミッションを成し遂げれば、政府に大きな貸しを作ることになる。彼が二つ返事で引き受けたのも頷ける。それに加え、粂山所長は根っからの研究者なのだ。世界的にレアな被験体を扱えることに血が騒がないはずがない。これは、詰んだな……。
「所長、どうしてあたしなんですかぁ」
「伊薗くん。貴女、独身ですね」
「は……い?」
「お付き合いしている方もいないでしょう?」
「そう、ですけど」
なんで知ってるの? いや、これってセクハラ発言じゃないですか、所長。
「ご自宅で、生き物を育てていませんね?」
「ええ……」
もう訳が分からない。
「だから、貴女が適任なのです。天使が孵化するまで、およそ1ヶ月間。貴女には研究所内で生活してもらいます」
「えーっ!」
「お静かにっ」
思わず声が大きくなったあたしに、加々美さんはジュラルミンケースの蓋を閉め、鋭い叱責が飛ぶ。
「天使は非常にデリケートです。慎重に接していただきたい!」
「あっ、す、すいません」
彼女のカミソリのような眼差しに、背中を冷や汗が伝う。
「研究所内に、孵化のための特別室と、貴女が泊まるお部屋を用意してあります。このミッションは今夜からスタートです。頼みましたよ、伊薗くん」
粂山所長の言葉は、絶対。承諾しか選択肢のないあたしは、加々美さんが茶封筒から取り出した「業務委託承諾書」と記された難しい文面の書類に促されるままサインした。
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