薄明の光、君のいた日々

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「見て、直人。雲が切れるよ!」  ひたすら田んぼが続く田舎道をスーパーカブでとろとろと走っていると、後ろに乗る千明が歓声とともに右前の方向を指さした。  千明の急な動きにスーパーカブがぐらりとゆれて、きゃっと千明がしがみついてくる。あまり運動神経よくないんだから気を付けてほしい。  千明が指さしたほうを見てみると、昼からずっと空を覆っていた分厚い雲に小さな切れ目が入って、光の筋が真っすぐ地上へと降り注いでいた。何でもない見慣れた田舎の世界が光と影のコントラストでなんだか幻想的に見える。   「天使の梯子、っていうんだって」 「天使?」 「そう。旧約聖書でね、あの光の梯子を天使が地上と天国を行ったり来たりするらしいの」 「やべえ、逃げなきゃ」 「わわっ!」  スーパーカブを土を持って固めただけの側道に進めると、110ccのバイクはガタガタと激しく揺れる。腰に回された千明の手にぎゅっと力が籠められる。バランスを取りながらもう一度側道を曲がり、さっきまで来た道を引き返す。 「なんで急に引き返したの?」 「天国に繋がる梯子なんて、縁起悪いなって」  千明がはっと息を吸うのがヘルメットごしにも聞こえてきた。舗装された道に戻ってスーパーカブは安定して走っているのに、千明がぎゅっと身を寄せてくるのを感じる。 「ねえ、直人。このまま逃げちゃおっか」 「どこまで行きたい?」 「直人がいるならどこでもいいよ。だから、どこまでも行こう」  微かに震えた千明の声に頷いて、右手でアクセルをクイッと回す。  二人分の重さにめげることもなく、スーパーカブがぐっと加速した。  何でもない雨上がりの田んぼの空気と、背中に感じる千明の温もり。それから、逃れようのない運命の気配。  この瞬間を忘れることはないだろう。そんならしくもない予感を抱いてしまったのは、幻想的な天使の梯子を見てしまったからだろうか。
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