薄明の光、君のいた日々

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 泣き疲れたまま眠ってしまい、気がついたら朝になっていた。  いつの間にかミカはいなくなっていて――ということはなく、ソファーでしっかりお休みになっていた。  それからしっかり朝食も食べて、ようやく出ていく流れになった。ドアを開けてミカを見送ろうとすると、相変わらずの曇天から一筋の光が地上へと降り注いでいる。  天使の梯子。天使が地上と天界を行き来するのに使うという自然現象。 「そういえば、地上に持ち込んだ貯えがなくなったんだったら、天界に取りに行けばよかったんじゃないのか?」  まさか、全財産を一ヶ月で使い切ったわけではないだろうし。ふと思いついたことを聞いてみると、ミカは心底げんなりとした顔を浮かべた。 「貴方も是非、天使の梯子を一度昇ってみればわかると思います」  うわあ。本当に梯子で上り下りしてるのか。空の上まで梯子というのはぞっとしない。下級天使だからか色々世知辛そうだし、なんだか同情してしまう。 「契約取れないうちは、たまには晩飯くらい食べにいいから」 「貴方が契約してくれれば、一番早いんですけどね」  ミカが苦笑を浮かべる。言葉遣いを除けば、訪れてきた時の生真面目な雰囲気はなくなっていた。こちらが本来のミカの姿なのかもしれない。  営業マンスタイルより、自然体で回った方が契約も上手くいくんじゃないかと思ったけど、それは黙っておくことにする。 「悪いけど、約束があるからさ」 「はあ。人間相手と言えど少し妬けてしまいますね。それはどうぞお幸せに」  ミカの大きな翼が不満そうにわさわさ動く。 『いつか迎えに行くから、それまでに思い出話をたんまり用意しておくこと』  千明と交わした最後の約束。残念だけど、思い出話なんてまだ一つも用意できていない。今日からでも始めなければ、へそを曲げて迎えに来てくれなくなってしまうかもしれない。  トントンと靴のつま先が床を叩く音で意識が現実に戻ってくる。目の前ではミカがジトっとした視線をぶつけてきていた。  やれやれとでも言いたげにため息をついたミカは、それから何故かイタズラっぽい笑みを浮かべる。 「あ、そうだ。今夜は肉じゃがが食べたい気分です」 「ああ? 材料が使いまわせる微妙なライン狙ってくるな。たまには、って言ったろ」 「天使を裏切ったら裁きに遭いますよ」  不穏な言葉を言い残して、ミカはグイッと手すりを飛び越えた。  ここ、五階なんだけど。慌てて手すりに駆け寄って見下ろすと、大きな翼をはためかせたミカがふわりと浮き上がる。  飛べるなら飛べると言っておいてほしいし、この心配を返してほしい。  よし、決めた。今夜は手羽先料理だ。食事を前にしたミカの表情が目に浮かぶ。  そうやって飛び去っていくミカを見送り終える頃には、曇天の切れ間はみるみる大きくなっていた。  地上に降り注ぐ光の道は、どこまでも遥か彼方まで伸びている。
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