翼を捨てた天使の話

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一羽の天使が、雲間から地上を見つめていた。天使は、人間に憧れ、彼らの喜びや悲しみ、希望や絶望を感じたいと切に願っていた。ある日、天界の声が告げる。「地上に降りたければ、翼を捨てなければならない」と。天使は迷いながらも、願いの強さに勝てず、翼を切り落とし、地上へと降り立つ。 人間の姿で目を覚ました天使は、痛みや寒さに驚きながらも、心に宿る温かさを初めて知った。街をさまよい、人々と触れ合ううち、天使は彼らが孤独や苦しみを抱えていても、互いに支え合いながら生きていることに気づく。ある日、天使は一人の小さな子供と出会う。彼は大病を患い、もう長くは生きられないと聞かされていたが、毎日窓から外を見つめ、笑顔を絶やさなかった。天使は彼のそばに寄り添い、毎晩お話をして慰めた。 ある夜、天使は子供に「僕も本当は天使だったんだ」と打ち明けた。子供は目を輝かせ、「じゃあ、天使さんは僕を守るために来てくれたんだね?」と微笑んだ。翌朝、天使のもとに再び天界からの声が響く。「君はよくやった、戻ってきなさい」と。だが天使は翼を持たない今、戻ることができないと悟った。天使はただ、子供の寝顔を見つめてほほ笑む。やがて子供が息を引き取ると、天使は静かにその魂を抱き上げ、二人は雲の上に向かって消えていった。天使が地上に遺した足跡は、いつまでも消えぬ記憶となって、人々の心に生き続けた。
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