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3
「犯人をどうしたいと思いますか?」
度付きサングラスの記者は一見同情した声音を出しながら、実験動物でも観察するような目付きで、そんな風に聞いてきた。
コツコツ。
そいつの指先がテーブルを叩き、単調過ぎるリズムの反復が、俺の忍耐力を試し続ける。
「なぁ、包み隠さず正直に答えてくれよ。俺だったら、きっと自分の手でぶっ殺したくなるぜ」
いかつい記者が、グラサン記者の隣で調子を合わす。
「今、その男が目と鼻の先、あなたのすぐ手の届く所に現れたら? やっぱり殺したい? ちょっと想像力を働かせてみて下さい」
やや前のめりな二人の姿勢が、獲物を追う猟犬にも似た仮借ない好奇心を俺に突き付けてきた。
答えを考える、その間も、
コツコツ。
指先の単調な音は止まらない。
俺が餌食にされるのは、まだ良いんだ。だが、妻子について弄られるのは、どうにも我慢できない。
とうにボロボロの自制心が吹き飛び、俺は、帰れ、と大声で喚き散らして、記者どもを玄関の外へ追い出した。
そうさ、どうせ、もう妻子は帰らない。
この絶望が誰かに伝わる筈も無い。
昨日は……あの不毛なインタビューの後、すぐ酒をかっ喰らって寝ちまったが、今日の記者、どんな奴かな。
又、あんなことを聞いてきたら、今度こそ只じゃ置かねぇ。
そう思う間も、
コツコツ。
ドアを叩く音が止まらない。
コツコツ。
あぁ、わかったよ。準備して、今すぐに……
もう一度、水をがぶ飲みした後、蛇口を閉めた右手が自然とシンクの下の引き出しを開け、妻が愛用していたペディナイフを掴む。
ステンレスの刃の部分にテディベアのイラストがレーザー光で刻まれているネット通販の限定品で、俺があいつの誕生日にプレゼントした奴だ。
あたしのバッグと御揃い!
そう言って、娘がはしゃいだっけな。三本セットの中でも一番小さく、このサイズなら服の裏に隠しておける。
目に付いたネット通販のダンボール箱をちぎり、その分厚い紙で刃の部分を巻いて、腰の後ろ、ベルトの隙間にさしてみた。
後は成り行き任せ。記者やレポーターの行い次第って奴さ。
そう開き直ってみたものの、不規則な生活による栄養失調で、想像以上に体力が落ちていた様だ。
玄関のドアノブへ手をかけようとした時、足先へひっかけたサンダルが滑り、俺は大きくバランスを崩した。
よろめく体を立て直す間も無く、つんのめった弾みで頭の横をスチール製の扉へ打ち付ける。
目から火花って、アレだな。
もう「痛い」とすら感じなかった。
頭が扉を横滑り、眉間へドアノブが引っかかった衝撃で又、目の前が真っ白になる。外の廊下にもデカい音が響いただろう。
真っ白になった世界が、たちまち真っ黒に染まり、意識の混濁と共に俺は自分を見失った。
そして……
え~、誰だっけ、俺?
ここは何処だ? なんで俺、こんなトコに?
あぁ、もう、何で、こんなに胸が苦しいんだよ。心の迷宮を彷徨うばかりで、中々、答えが見つからない。
それなのに、尚、
コツコツ。
誰か、扉をノックしていやがる。
コツコツ。
この音は前からだ。それは確かな気がする。
きっと、リズムも、音の大きさも変わらない。俺の意識は、ドアを叩く単調な音に導かれて、新たな混沌の深淵に転がり落ち……
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