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 悪夢から悪夢へ。    シームレスに繋がる心のカオスを潜り抜け、食物の腐敗臭が漂う汚い部屋で、俺は意識を取り戻した。    やれやれ、又かよ。何度目だ、コレ?    ようやく心のモヤが晴れ、それなりに記憶が戻ってきたかと思えば……あっさりループへとんぼ返りのお粗末。    今度はどちらの展開へ進むのだろう。    パジャマのまま家を出て、あの交差点の前まで行き、目の前で妻子を殺される羽目になるのか?    それとも、二人が死んで数日後の朝へ放り出され、押しかけてきたマスコミに心を引き裂かれるのか?    どちらにせよ、もう沢山だ。    このままじゃ気が狂う。    何処かで、誰かが、ひっきりなしに俺を狂気へ誘っていやがる。    体を起こすと、カーテンを閉めた窓の隙間から薄明かりが射し込んでいた。できる影の角度で、もう昼間になっているのが分かる。  ん……何ンか、前とシチュエーションが違うな。部屋の汚さと漂う腐敗臭は相変わらずだが……    あれっ?    強い違和感に俺はハッとし、耳を澄ませてみた。確かに状況が大きく変化している。    何も聞こえない。    あの、コツコツ、が無い。    何だか知らねぇが、やっと止まりやがった。    ぼうっとしたまま顔を上げ、違和感が残る部屋の中を見回すと、電源が切られたテレビ画面に俺自身の姿が映る。    あれっ?    しばらく自分の顔を眺め、生じた大きな変化の正体、そして、今度こそお馴染みの悪夢から抜け出したらしい事を唐突に悟る。  俺……ジジィだ。    今回の新たなシチュエーションだと、どういう訳だか、メチャクチャ年を食ってる。    さっきまでの夢では、家族の死に遭遇する妄想の中でも、ムカつくインタビューを受ける展開でも、俺、三十代半ばだった。    そこそこ若いつもりだったのに、今、テレビの液晶に反射している顔はアチコチ皺だらけ、目の下ぼってり。髪も薄くて白髪ばかり。下っ腹もポッコリ出ていやがる。    ジジィの上にメタボでハゲかよ!?    現実感なんて全く無いが、見た感じ「今の俺」の年齢は50代の半ばくらいに達している様だ。            やばい……パニクる。    落着け、俺。    こういう時こそリラックス。感覚がグチャグチャになるのは、地獄のループで慣れっこじゃないか。  頭を左右へブンブン振り、虚ろな記憶をこねくり回す。    んで、夢から覚めた俺の心は、さっきまでの夢とは違うもう一つの「現実」へ辿り着いた。    こっちの記憶だと……    俺は郊外の新築一軒家で暮らすサラリーマンじゃない。ショートヘアが似合う妻も、テディベアが大好きな娘も、夢の中にしか存在しない。    どっちが正しい認識か?    今や、それは大した問題じゃない。現に俺は、いい年して汚部屋に引きこもりのオッサンとして目を覚ましたんだからな。    で、そのオッサンの「現実」って奴を、もう一度、曖昧な意識の奥底から呼び覚ましてみると……  呆れたね、我ながら。まぁ、つまんねぇ人生だわ。    ガキの頃から何の取柄も無ぇ。三流の大学を出て、三流以下のちっぽけな会社で売れない営業やってさ、アホな上司とソリが合わず、職場を転々とした後、やる気を根こそぎ失う。    んでもって、親の家に出戻り。自分の部屋から外へ出ず、中年になってからの引きニート・デビュー。    結果、そのまんま、老け込んじまった。ははっ、もう詰み。ジ・エンド。完全に取り返しがつかねぇ。  それにしても、何であんな……リアルな夢を何度も繰り返し見た挙句、幻想のループをそのまま信じたんだろう、俺?    もしかして、アレか?    昼間に見たテレビのワイドショー、家族が通り魔に殺された男のインタビューのせいか?    ありゃ哀れだった。一応、同情したけどさ、繰返し夢に見るほど肩入れした記憶は無ぇぞ。    何しろ、家族を失うどころか、俺はこの年まで独身……いや、それ所じゃないよな。    ささやかな風俗通いを別とすれば、女と付合った経験が無い。人生まる事、とっくの昔に行き詰り。お先真っ暗も良いトコだ。    だから、犯罪への憎しみを語るインタビューを見る内、同情するより妬ましい気持ちの方が強くなった。    夢の中じゃ、俺、あの被害者の旦那になりきってたのに、あんなに絶望してたのに、他人事となりゃこんなもんか?  いやいや、失うモンの方向性こそ違うけど、「絶望」の重さを比べるなら「今の俺」だって負けてねぇぞ。    時々、出し抜けに「死にたい」と思う。    もうつまんない人生、何もかも終わらせちまって、早く楽になりたい。いっそ誰かスパッと殺してくれねぇか?    そう思うと何も怖くない。もしかして、アレだ。巷を騒がす「無敵の人」って感じに、俺、近づいているのかな?  そんなアホな妄想をこね繰り回す内、又、何処から規則正しい物音が聞こえてきた。    コツコツ。    何だよ、又か?    いや、ちょっと違うな。今はコツコツ、じゃない。    カタカタ、と……風の音だ、ありゃ。    ろくに手入れもしない埃だらけの窓枠が強風で軋んでいる。単調で同じリズムの繰り返しが実に鬱陶しい。    相変わらず食欲は無ぇが、脳ミソが疲れているお陰で、コーラか何か甘い飲み物が欲しくなってきた。    お~し、久々にコンビニでも行くか。
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