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事故をしたからといって全額弁償は無理だった
社長はカタギのひとじゃなかった。
社員に利益を還元することよりも、じぶんが甘い汁を吸うことばかり考えていた。
「岡村が会社辞めるらしいぞ」
おじいさん社員の藤山さんからそんな話を聞いた。
「あいつ事故やっただろ? それを保険を使ったら等級が下がるからって社長が言ってな、全額岡村に払わせようとしたらしい。それで岡村、辞めるついでに会社を訴えるって言ってる」
まぁ、高速道路の料金も積載車の燃料代も社員に払わせる会社だ。いつか訴えられるだろうとは思っていた。
しかし、自分も同じような目に遭うとは、なぜか考えていなかった。
4トンの積載車に乗せてもらえるようになったので、私はまた辞める機会を失っていた。
中型トラックで大きい車に慣れて、それから大型に乗務できるところに転職しようと考えていた。
4トン二階建ての積載車は、車の積み方によってはかなり背が高くなる。
下に軽バン、上にボンゴトラックを乗せたら高さは相当だ。リーダーのひとが高さを測ってくれた。3.8メートルを超えていたら公道を走ってはいけない。違反になってしまう。
「うん、3.6メートルちょっと。大丈夫、大丈夫」
リーダーにそう言われ、安心した私が甘かった。
高架下など、3.4メートル制限のところは結構ある。
そういうところに出くわすたびに迂回していると、到着がかなり遅れた。
なんとか少しの延着程度で済みそうだったが、焦っていた私はアクセルを多めに踏んだ。
高速道路の高架下を抜ける時、ちょっと左側に寄り過ぎた。
ガチャン──!
高速道路の高架を支える柱に、上に乗せたボンゴトラックがぶつかった。
そのボンゴトラックは新車だった。
「新車で販売するはずだったのがいきなり修復歴ありになった」
社長室に呼び出され、私はスマートフォンを握りしめていた。
「わしとの付き合いを考慮して、120万円ほどの弁償で済ませてくれるそうだ。よかったな。おまえ、全額払ってくれるよな?」
私は口ごたえした。
「こういうのは会社が保険で払って、社員は無事故手当を引かれるものだと思いますけど──」
「事故しといて、その言い方はなんや!」
社長の口から関西弁が飛び出した。
「ホンマなら軽く180万は取られるとこやぞ? それをわしの力で120万にしたってるんや。おまえ、そんなこともわからんのか!」
「ちょっと失礼」
私は席を外すと、社長室のすぐ外で電話をした。
「あ、はい。思った通りでした。全額払わされる話をされました。裁判、お願いできますか?」
わざと社長にギリギリ聞こえるぐらいの声で喋った。
私にお抱えの弁護士など、もちろんいない。
電話をしているフリだった。
岡村さんとの裁判で、社長は今、結構心労を患っていると聞いている。これ以上の裁判はゴメンのはずだ。
社長室に戻ると、社長の態度が一転していた。私の機嫌をとるような笑顔を浮かべると、提案してきた。
「……まぁ、じゃあ、会社が半分もとう。君は60万円もってくれたらいい。……それでどうだ?」
それなら──と承諾した。じぶんが起こした事故なのだから、元々可能な限りの責務は果たそうと覚悟していた。
そしてそれを機会に、私は会社を辞めた。
仕事をしながらハローワークへ通い、初心者でも大型トラックに乗務させてくれる会社を見つけていたのだ。
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