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その仕事はカネにならず、同僚にうざいオッサンが一人いた
街角にリュック一つ背負って立っていると、なんだか異国に身一つで放り出されたような気分になる。まるで言葉の通じないヒッチハイカーのように、この先の運命をじぶんではなんとも出来ず、ただ好意の手を差し伸べられるのを待っているような気分になる。
ただ、私には、迎えに来てくれる車があった。
「遅いなぁ……」
思わず呟いた声が、静かな国道沿いの舗道に落ちて、吸われる。
誰が迎えに来てくれるのか、社長は言わなかった。そこそこ仲良く会話の出来るひとならいいな──
そう思っていると、見慣れた白の2t《トン》セーフティー・ローダーがやって来た。顔をあさってのほうへ向けながら通り過ぎてくれと祈っていると、残念なことに私の前で停まった。
運転席の窓が開き、薄い髪を茶色に染めたキザったらしいオッサンの顔が覗く。サングラスの奥から私の全身を、食欲のような色を浮かべた目で見回した。
「よう、海咲ちゃん、待ったか?」
「ありがとうございます」
私は愛想よく笑顔を作り、車道側へ歩くと、助手席のドアをじぶんで開けた。
助手席の上にコンドームがあった。
私はそれをポイと馬田さんのほうへ投げ返すと、平常心を装って「お願いします」と言った。
「安心しろ、何もしやしねぇよ。しかし女の黒い作業着姿って、なんか色っぽいねぇ……」
馬田さんはいかにも何かしてきそうな、捕食者みたいな顔を一瞬、私に近づけると、車を発進させた。
白い手袋をはめた手でハンドルを握りながら、馬田さんがしつこく私に話しかける。
「それにしてもよ、……海咲ちゃん、38歳だっけ?」
「……はい」
「38歳独身女がなんでこんな仕事してんだ?」
「クルマが好きなんで……」
「でも、カネにならねーだろ? 俺みたいに積載車に乗って仕事するならともかく、商品車に乗ってお客に届ける『自走』の仕事じゃよ?」
「そうですね……」
確かに、給料はとんでもなく安い。
「でも色々なクルマに乗れるから」
「いい仕事があるぜ?」
馬田さんが唐突に転職を勧めてきた。
「海咲ちゃん、トシのわりに随分若く見えるからよ、じゅうぶん出来ると思うぜ?」
「どんな仕事なんですか?」
「ソープよ」
興奮を隠さずに馬田さんが笑う。
「俺の知り合いに関係者がいてよ、コンパニオンを紹介してほしがってる」
「嫌ですよ」
「やってみろよ。稼げるぜ? 職業に貴賤はないって言うだろ?」
「まぁ、バカにしてるわけじゃないですよ? でも、私はそういうの嫌なんで」
「とりあえずこれからホテル行かねーか? 俺が試してやんよ。素質があるかどうか、よ」
私がそれきり窓の外の景色を見るばかりで黙ってしまうと、馬田さんは急に弱々しくなって、話しかけてくる声も小さくなり、内容も当たり障りのない世間話みたいなものに変わった。そしてそのうち何も言わなくなってくれた。
転職か……
確かにここの陸送会社は給料が安すぎる。また、気にしなければ害はないといえ、馬田さんがうざすぎる。
普段、遠目に見かける姿は50歳代のおじさんらしく、しょぼくれてる。背がちっちゃいので、余計に貫禄がなく、性欲とかの枯れたおじいちゃんにすら見える。
それが私が入社してきた途端、やたらお洒落になったそうだ。
薄い髪を茶色に染め、色の薄いサングラスをかけ、運転時には白い手袋をするようになった。
遠目に見かける時はしょぼくれてるのに、私の前に来るといきなり恰好をつけだす。
もう、その顔だけでセクハラだった。
馬田さん以外のひとはべつに問題はなく、今まで勤めてきた会社ではあり得ないほどに和気あいあいとしているので、居心地がよく、長く居すぎたかもしれない。
大型トラックに乗りたい──
せっかく大型一種の免許を持っているのに、ここの社長はけっして私を大型トラックには乗せてくれない。
大型トラックの自走の仕事が出たら私にやらせてくださいと申し出てはいるのだが、事故を起こされるのが嫌なのだろう。免許も経験もあるひとにばかり、そういう仕事は回されていた。
実際、私には自信がないところもあった。
免許を取る時の教習車は、4トンの中型トラックだったのだ。
大型トラックを動かした経験は一度だけ、駐車場に停めてあるのをバックで4メートルほど動かしただけだ。
たったそれだけで私は壁にお尻を激突させそうになった。
あんなに車体が長いとは、思ってもみなかった。
しかし、運転しなければ慣れることもない。
初心者にでも大型トラックに乗務させてくれるところを、私は探しはじめていた。
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