秋桜の花畑

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秋桜の花畑

 目の前には、青空に吸い込まれていくように風に揺れる、秋桜(コスモス)の花畑が広がっていた。  穏やかな午後の日差しの中で、リボンのような薄い花びらが透けて輝いている。レース編みのような細い茎はたおやかで、風に煽られればすぐにどこかに飛んで行ってしまいそうなのに、確かな存在感を放っていた。  綺麗だと思った。  どこまでも、どこまでも世界が広がっていくようで、涙が溢れてくる。  世界はどこまでも美しくて、優しい光で満ちているようで、今まで胸の奥に澱のように溜まった感情がゆっくりと溶けだし、世界に浄化されるように涙となって流れていくような気がして、声をあげて泣いた。  大学を卒業してから今まで、一生懸命に頑張ってきた。人の幸せに繋がる仕事がしたいと、志望動機を必死に考えて入社した不動産会社の仕事は、最初こそやりがいを感じていたけれど、事情が分かってくると自分のしていることに疑問を感じずにはいられなかった。  お年寄りに「家賃収入が得られれば、老後にも一定の収入が確保できますよ」なんて耳障りのよい言葉を並べて、思い出の詰まった家を奪っていく。  都心部では人気のある単身者向けの賃貸住宅も、駅から遠くてコンビニもないような場所では、空室が目立つのは当たり前だった。  どうしてもっと自分の意見を押し通さなかったのだろう。会社の利益を考えろ、と口癖のように言う先輩に従って契約書を渡してしまったことを、いまさらながら後悔していた。  大きな柱時計や沢山のレコードは家族の大切な思い出だから手放せない。そう言って淋しそうに微笑んだおばあさんの小さな後ろ姿が、今も瞼の裏にはっきりと焼き付いていた。  秋の爽やかな空気を含んだ風が、辺りを駆け巡っていく。涙で熱を持った瞼を、ひんやりとした風が優しく撫でたような気がして、ぼんやりと視線を彷徨わせる。  ピンクに紫を混ぜたような淡い色の花や、少し濃い色の花の中に、たった一輪だけ咲く白い秋桜(コスモス)の花が目に留まった。  少し西に傾きだした太陽の光に照らされて、ひっそりと佇むその白い花は、まるで純真無垢な天使の羽根のようで、そっと手を伸ばす。  しっとりと柔らかい花びらには、不思議な魔力があるようで、凍り付いていた心が少しずつ温められていくような気がしていた。
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