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放課後、職員室に入ると、先生たちが集まって、楽しそうに話をしていた。誰も自分の机に座って、仕事をしていない。広いテーブルを囲むように腰掛け話している内容は、うなづき様がどんなに素晴らしいかを語る、何度も何度も聞いた話だった。
ただ、図書委員会顧問の杉原先生だけは、談笑する先生たちを他所に、一人黙々と授業の準備をしていた。
「先生、失礼します」
「凌一くん、まだ帰ってなかったの?」
「学級文庫の本を取り替えたくて」
「もうそんな時期か」
と、杉原先生は、引き出しから取り出した一枚のプリントを、僕に渡した。
「これが今月の、五年一組のラインナップね」
杉原先生の名札には、見覚えのある小さな人の首が、揺れていた。
誰の手にも取られない学級文庫の本たちを、僕は全部取り替えた。胸躍る船旅を描いた冒険ファンタジーも、飼い犬と死に別れるまでの最後の一週間を綴った心温まる日記も、小学生探偵が華麗に事件を解決するミステリーも……色々あったけど、今月からは全部、みんな大好き、うなづき様のことが書かれた本になる。でも、こうすればきっと、みんなが学級文庫を必要としてくれるだろう。図書委員として、僕はそれを望んでいたはずだ。
最後の一冊を棚に収めようとした時だった。ふと、棚の後ろ側の隙間に、何かが見えた。
夕闇が空を覆いかけている。その薄暗がりに紛れるように、息を潜めている、赤い紐。僕はそれを、そっと摘まみ上げた。ゆっくりと引っ張り出したそれは、窓の外から射し込む夕日の光を僅かに吸い取って、その表情を、僕の目に映し出した。
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