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翌日、教室は阿鼻叫喚に包まれていた。学級委員の上尾さんが、教室の真ん中で、獣のように泣き叫んでいた。僕にはよく聞き取れなかったが、どうも天使のうなづきキーホルダーを失くしたらしかった。
「うなづき様がいないと、何も決められない、何も選べない」
そう叫び続けていたのだという。結局、上尾さんは、朝のHRさえ出られずに早退してしまった。そしてそのまま、二度と学校に姿を見せることはなかった。
学級委員として、常にクラスの中心で胸を張って、リーダーシップを発揮していた上尾さん。彼女が消えたことで生まれた穴は大きいはずだった。しかし、誰もそれを気にしていなかった。
みんなはいつも通り、うなづき様に夢中だ。なんでも教えてくれる、正しい方向へ導いてくれる、首だけの天使を愛でていた。
「凌一!」
僕の周りにも、以前のように友達が集まってくるようになった。
「昼休みに校庭でドッヂボールしようぜ!」
「うん!……ああ、ちょっと待って。うなづき様に聞いてみよう」
僕は、名札にぶら下げていた根付に目をやった。
赤い紐の先で、その首はゆっくりと横に揺れた。
「あ、うなづき様がダメって言ってる」
「怪我するかもしれないからかな」
「雨が降るのかも」
「じゃあ今日は図書館に行こう」
僕は気が付いた。
みんな、うなづき様を持っていない人を仲間外れにしたいんじゃない。
うなづき様を信じていない人と、どう関わったらいいか分からなくなるんだ。だから、うなづき様の恩恵を受けてない人がいないこの空間は、平和なんだ。
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