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3局目【少女相手に頭が上がらない?!
──なんてことを考えていたのが、北子と初めて対面したその日だけになるなんて。過去の俺が知ったら驚くだろう。
「南雲、食べ方が汚いわ。トンカツの衣をポロポロ落とさないで」
「えうっ」
「それと、口の周りがソースで汚れているわよ」
「あっ、はい」
「慌てて食べなくてもご飯は逃げないから、もう少し落ち着て食べたらどうかしら」
「ご、ごめんなさい」
北子は、とてつもなく立派な少女なのだ。それはもう、俺の介入なんて不要なほどに。
思えば東風谷さんは、北子を『家事ができる』だとか『今すぐ嫁に出せるくらい立派だ』とか『まぁ嫁には出さんが』とか言っていたか。……いや、最後のはなんか違うな、うん。
とにかく、北子は家庭的すぎる少女だった。頭が上がらないほどに、家庭的だ。
先ず、一人暮らしで荒れ放題だった俺の部屋に対する説教。それが俺と北子がガッツリ喋った初めての会話。
で、家事全般を請け負うと北子は進んで提案。勿論俺には大人としての矜持があるので対抗もしたが、結果は大敗。北子曰く『部屋の掃除もろくにできない人がなにを言っているの?』だ。ぐうの音も出なかった。
そんなこんなで今、俺が食べているのは北子お手製の夕食だ。米と味噌汁、トンカツと千切りキャベツで……。
「北子……お前さん、いい嫁さんになるな」
「ありがとう。あなたは良い旦那様にはなれなさそうね」
思わず本音を零すと、北子も北子で本音を返してきた。くそぅ、反論できねぇ。
北子はきっと、同年代の中でも背が低いだろう。見た目だけだと幼い少女なのだが、言動はやはり大人びていた。
表情はあまり変わらないが、決して【いつも怒っている】というわけではない。しかし人生を悲観しているだとか、絶望しているだとか……そういった悲壮感? のようなものを常に抱いている、というわけでもない。
ちなみにこれも、北子曰く『現状を嘆いてなにか変わる? 建設的じゃないわ』ということで。……北子、お前さんは東風谷さんからどんな教育を受けてきたんだ?
そういうわけで、北子と共同生活を始めて数週間経ったのだが……。言わずもがな、俺ばかりが面倒をかけているような気がする。
これでも『俺が北子を育てて、立派な社会人にしてやるぞ』くらいの覚悟は決めていたんだが──。
「人の顔をジロジロ見て、なにか言いたいことでもあるのかしら。先に言っておくけれど、顔になにか付いているのは南雲の方よ」
天国の東風谷さんに、謝っておこう。
東風谷さん、すんません。俺は近々、北子がいないと駄目な大人になるかもしれないです。
北子にティッシュで顔をグシグシと拭われながら、俺はそんなことを考えた。かなり、マジな気持ちで。
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