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4局目【将来の夢はプロ雀士だった?!】
北子との生活が始まってから、数週間後。とある日の、昼下がり。
「そう言えば、南雲はどうしてプロ雀士になったのかしら?」
リビングのテーブルに作文用紙を広げつつ、北子は麦茶が入ったコップを両手で持ちながら、そんなことを訊いてきた。
俺はコーヒーが入ったカップを片手で持ち、ズズッと音を立てて啜る。
「なんだよ、突然」
「宿題が【将来の夢】をテーマとした作文なのだけれど、色々考えて『そう言えば』と思ったわ」
「なるほど、自然な流れと言えなくもないな」
宿題と格闘する図。こういうところは、普通の小学生って感じだな。
どっかりとソファに腰を下ろした後、俺は北子の問いに答えるべく記憶を辿る。
「明確に『麻雀じゃなきゃ駄目だ』と思ったことはないんだが、そうだなぁ……。きっかけは両親、かな」
「南雲のご両親? 私は会ったことが無いわね」
「だろうな。俺ももう、何年も会ってないし」
「でも、よく手紙は届くわよね。今の時代、いくらでも手軽にメッセージのやり取りができるのに」
「手紙は趣き? があって好きなんだとさ。それと、いつも郵便受けから取ってきてくれてありがとうな」
「どういたしまして」
小学生に『今の時代』と言われる、このむず痒さ。加えて、毎日郵便受けを確認してくれる小学生。たったひとつの話題に、俺の心は複雑模様だ。
「父さんは棋士で、母さんは囲碁棋士。俺の両親は、どっちも盤上で戦う人だ。……で、俺はそんな二人に強く憧れたんだよ。『俺もいつか、小さな盤上で誰かを強く惹き付けられる奴になりたい』って、ずっと思ってた」
「麻雀は『盤上』と言うより『卓上』だけれどね」
「ハハッ! 気付けばそうなってたっ」
テーブルに置いていた、開封済みの封筒。それは今朝、北子が郵便受けから取ってきてくれた両親からの手紙だ。
「時々、思うよ。『父さんか母さん、どっちかと同じ競技のプロになっていたら、今より頻繁に会えたのかもな』って」
テーブルに手を伸ばし、手紙を取る。それから俺は、北子に笑顔を向けた。
「まぁ、そんな甘ったれたことを言うような年でもないんだけどな! 現にこうして、今の時代に手紙交換するくらいには仲良しだしな!」
「そうね。東雲家はとても仲良しな家族だと思うわ」
北子の言う通り、我が家は仲良しだ。年に一度会えるかどうかだとしても、俺と両親は良好な関係を築いている。
「俺は今までも、そしてこれからも両親の対局を見続ける。だからきっと、両親だって俺の対局を見てくれているはずだ。だから俺は、どんな戦いだって負けたくないんだよ」
笑う俺を見て、北子は一言「そう」と相槌を打つ。
それから北子は、相変わらずの無表情でこう続けた。
「さすが【チームの大黒柱】と呼ばれるだけあるわね。昨日の対局も、鮮やかな和了りが多くて震えたわ」
「お前さん、麻雀中継なんて見てるのな……」
やはり、プロ雀士の娘だ。麻雀のルールや勝敗が、見ていて分かるらしい。
まぁ、なんだ。こんな話で北子の宿題が捗るのかは分からないが、照れくささはあるものの話ができて良かったのかもしれない。『次の対局も必ず勝とう』と決意を固められたのだから。
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