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5局目【ラスを引いたら笑えない?!】
なんて威勢のいいことを言った、数日後。
「──東雲選手、対局お疲れ様でした。……今日は、残念な結果となりましたね」
俺は、対局でラスを引いてしまった。
ちなみに『ラスを引く』ってのは、つまり【最下位】ってことだ。俺は今日の対局、トップを取るどころか一番散々な順位で終わってしまった。
敗因は、なんだろう。考えてすぐに思いつくのは『気合いが入り過ぎていた』かもしれない。言ってしまえば、空回ったのだ。
自分で言うのもなんだが、俺は対局中【場の空気を読む力】というものに長けている。だが、今回こんな結果になってしまったのは完全に自分の落ち度所以だ。
両親に、そして北子に。俺は今日の対局で、いいところを見せたかった。いつも以上に、その気持ちが強かっただろう。
だから、冷静さを欠いていた。今日の対局を振り返ってみると『あの局面であの牌を切るのはどうかしていた』と思う場面がポンポン思い浮かぶ。
「勝負手が入る度に、苦しい展開とツモ牌になりましたね」
インタビュアーの言葉にも「そうですね」程度の返答しかできず、俺は面白みのないインタビューを終えた。
控え室ではチームメイトに励まされたが、今日のラスは相当キツイ。普段のラスよりも、断然重たい。それだけの気合いと決意があったのだ。
北子に、どんな顔を向けたら。そんなことを考えて、だけど答えは出ないまま、俺は北子が待つマンションへと戻った。
「ただいま……」
玄関扉を開けてから、靴を脱いで帰宅する。ソロリとリビングを覗くと案の定、北子が俺の帰りを待っていた。
「南雲、おかえりなさい」
「た、ただいま」
俺の存在に気付くと、北子はすぐにソファから立ち上がる。キッチンに向かい、夕食の準備を始めるためだ。
カチャカチャと、食器が擦れる音が響く。その音すらも、俺を責め立てているように思えた。そんな馬鹿げたことを考えるくらい、今日の俺は落ち込んでいたのかもしれない。
だから、俺は。
「こういう日もあるわよ。麻雀は、運の要素が強い競技だもの」
きっと、東風谷さんが言っていただろう麻雀論。父親直伝の理論を口にする北子の、慰めと励まし。
「南雲のご両親だって、勝負に負ける日があるでしょう? だから、今日の南雲を見てガッカリなんかしないはずだわ。むしろ麻雀は、将棋や囲碁以上に自分の力だけじゃどうにもできない競技だもの。だったらなおさら、南雲のご両親は南雲を──」
だけど俺は、そんな北子に対して……。
「──こんな俺じゃ駄目なんだよッ!」
余裕の無さから、ささくれ立った感情をぶつけてしまった。
シン、と。部屋が、静まり返る。食器同士がぶつかる音すら、聞こえない。
すぐに俺は、ハッとした。自分がしてしまったのは【幼稚な八つ当たり】だと、すぐさま気付いたからだ。
「あ、っ。わ、悪い、北子」
「いえ。気にしていないわ。……私の方こそ、無神経にごめんなさい」
違う、違うぞ。北子はなにも、悪くない。そう、言ってやれたら良かったのに。
俺はただ、拳を握って俯くしかできなかった。
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