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「仕方がないんだよ、クラリッサ。ここだけの話、私の妻となるべき女性が病に倒れてしまってね。主治医もお手上げの大病なんだ」
モガモガと布の奥からくぐもった抗議をするリサの前に、エーヴァルトは屈みこんだ。
「君の最後の仕事だよ、クラリッサ」
残酷に微笑まれ、クラリッサの目が大きく開かれた。
その体を拘束していた護衛が、体を横から折られるようにして吹き飛んだ。ゴロッとリサが床に転がり落ちる瞬間、その体を別の腕が抱き留め、さらにもう一人の護衛が吹き飛ぶ鈍い音がした。
エーヴァルトは魔術でも見たような顔になっていたが、クラリッサを抱えて立っているユリウスを見て顔色を変えた。
「貴様……辺境伯のもとの騎士団長か?」
「何度か式典でご挨拶させていただきましたね、皇子殿下。ユリウス・フィン・フォルスカです」
まるで子どものように床に下ろされたクラリッサは目を白黒させていた。なぜ、ユリウスがやってきたのか。今日は薬草を取りにくる日ではないはずだ。
ともあれ、ユリウスがやってきてくれたのは幸運だった。この地の領主である辺境伯は、皇家が頭を抱えるほど権力を蓄え始めている。そして辺境伯の騎士団はあくまで辺境伯の騎士団であって皇家のものではない。
お陰で、エーヴァルトも襟を正しながら、リサに相対したように見下した顔を向けることはしない。
「……騎士団はここから少し離れているはずだが、騎士団長がこんな村に何用かな」
「この村で薬を処方してもらっていましてね、私は辺境伯の命で窓口に立っております。そういう殿下こそ、このような辺境の村にわざわざ自ら足を運び、何用ですか」
ぐ、とエーヴァルトは一度閉口した。正当な理由があるとは想像しておらず、てっきりクラリッサと良き仲に違いないと勘繰ったからだ。
「……将来の皇妃の危機だ。不治の病に侵され、主治医も匙を投げた」
「それほどの容態の患者を、医者でもなんでもない彼女に診ろと?」
訝しんだユリウスに、クラリッサは体を強張らせ、エーヴァルトは一瞬呆気にとられた。
しかし、次の瞬間にはククッと笑みを漏らす。
「そうか。そうだなクラリッサ、この男の前では力を渋ったか」
「……おやめください、殿下」
「教えてさしあげよう、騎士団長。彼女は医者以上の力を持っている」
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