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「それは知りませんでしたね。辺境伯のもとには優秀な医者が多いので」
「彼女は“聖女”だ」
自信たっぷりな暴露に、ユリウスは肩を揺らし、目を瞠る。それに裏切りを咎められているようで、クラリッサは視線を背けた。
「騎士団長ならご存知だろう、“聖女”の力を。あらゆる疾病を治癒する万能の力を持つ存在だ。しかもその力は、かつて女神を射落とし、その加護をものとした我が帝国の女にしか与えられない」
ユリウスはクラリッサを見つめようとするが、俯いている彼女のつむじしか見えない。
一方、エーヴァルトは、視線を背けてもいいと思われるほど見縊られていることに気が付き、口に苛立ちを滲ませた。
「しかし“聖告”を受けるのはただ一人のみ――つまり帝国には“聖女”は二人生まれない。クラリッサが“聖女”の力を使わないのは勝手なことだが、しかし力を使ってもらわねば次の“聖女”が現れない」
「……なるほど、殿下のおっしゃることはよく分かりました」
そっと、ユリウスの手が肩の上に乗った。まるで引き渡そうとするかのようにその手には力が籠り、クラリッサはさらに顔を伏せた。
「例えば陛下が重要な公務の最中に急病に倒れた場合、それを他国に知られれば攻め入られる隙となるが、“聖女”がいればその心配はなく、むしろ他国にとって“聖女”という脅威を見せつける機会となる。応戦する騎士団も、“聖女”さえいればどんな傷も恐れなくていい。確かに、欲しいわけだ」
「さすが騎士団長、よく分かっている。クラリッサは帝国繁栄に不可欠だ」
エーヴァルトも、引き渡されようとするかのように一歩前に出た――が、ユリウスがその手を放すことはなかった。
「実にくだらない」
「……何?」
逆に、肩を抱き寄せ、庇うように自分の後ろにやる。
「そんな国など、滅んでしまえばいい」
「貴様何をッ――」
エーヴァルトが反駁のため口を開いた瞬間、タァンッと軽やかに眼前に刃が振り下ろされた。ユリウスの剣だ。あと一歩前に出ていれば、脳天から股まで貫かれていただろう。床に突き刺さった白刃は、エーヴァルトの前髪を数本散らしながら、怯えるエーヴァルトの姿を反射していた。
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