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「一人から“聖女”の力が失われても、新たな“聖女”が現れるからそれでよい――そうして次々少女を食い潰すのか? 少女を食い潰すことは帝国にとってなんら損失ではないから構わないと? そのブラウスを悲しみの色に染めるから許せと? 馬鹿げている」
剣が引き抜かれ、切っ先がゆっくりとエーヴァルトの腹から胸までなぞった。身を震わせたエーヴァルトを、ユリウスは鼻で笑う。
「“聖女”が帝国に不可欠というのなら、この贅を尽くした体は帝国に不要だろう。王宮の飾りより川辺の土嚢となるほうが有意義かもしれんな」
「き……貴様ッ……」
心臓に切っ先を突き付けられたまま、エーヴァルトは必死に喉を震わせ、激しく目と眉を動かした。
「私を誰と心得る! たかが一介の騎士団長が不敬であるぞ!」
「なるほど確かに、頭に不治の病を抱えていらっしゃるらしい。皇子殿下はお勉強なさらないのか、皇帝陛下は自ら御しきれないからこの地を辺境伯に任せ、その辺境伯もまた自ら御しきれぬがゆえに求めたのが我々騎士団であると」
その騎士団長ともなれば、皇子と名乗られたところで頭を下げ媚び諂うほど弱い立場にない。血筋の威厳が通用しないと分かったエーヴァルトは、壁紙よりもぴたりと壁に張り付いた。
「もちろん、今ここで無抵抗の貴様を切り捨てれば俺の首はない。だが大義名分をくれるのであれば喜んでお相手する」
騎士団長という肩書のみならず、鍛え抜かれた体躯は服の上からでも分かる。護衛は既に地に転がり、エーヴァルトを守ってくれるのは飾り剣のみだ。
「ッ……後悔、させてやるぞ」
「子々孫々かけて呪うのか? 日々震えながら鍛錬に励むとしよう」
ユリウスが剣を引き、しっかりと鞘に納めた後、エーヴァルトはその背を壁から剥がした。髪と肩についた埃を乱暴に払い、苦々し気に扉を蹴り上げて出て行った。
ずるっ、とクラリッサは足を滑らせ、そのままへたり込んだ。緊張の糸が切れ、立っていることができなくなったのだ。
ゆっくりと、ユリウスが振り向く。エーヴァルトと対峙していたときと変わらぬ目に射竦められると、余計に立ち上がることができなかった。
「……クラリッサ」
唇は、静かにその名を呼んだ。
「……“聖女クラリッサ”。君は“リサ”ではなく、クラリッサだったのか」
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