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嫌われてしまう。胸に落ちたその不安が、波紋のように広がっていく。
それでも、今更「違う」などとは言えない。もう隠し通せない。
騎士団長は、過去に家族を亡くし、その家族は聖女に救ってもらえなかった人かもしれない――ローマンから聞いた言葉が耳元で響く。
もし、私が拒絶した人が、ユリウスの家族だったら?
「……もう、来てくださいませんか?」
「何?」
怖くて声が震えた。怖いというのはおかしかったが、そうとしか言えなかった。もうユリウスがここに来てくれなくなる。あの穏やかなまなざしを向けてくれることがなくなる。
そう考えたときに感じるのは、寂しさとは全く違う恐怖だった。
「……ユリウス様は、“聖女”を嫌っているのでしょう?」
リップ音がしたが、ユリウスは何も言わなかった。見上げれば、その唇を強く結び、眉間にはいつにもまして厳しげにしわを寄せていた。言葉に悩むように、その視線は虚空をさまよう。
「……そうでは、ない」
ゆっくりと繰り返す。片言隻語のやりとりばかりのユリウスらしくなかった。
「決して“聖女”を嫌っているわけではない……」
もう一度口を閉じ、そして開いた。
「……昔話なんだ」
ユリウスは、伯爵家の長男だった。家族は両親のほかに姉が一人。伯爵とはいえその領地は貧しく家は貧乏で、味のしない透明な汁を啜って食事としていた。
そんなある日、姉が妙な夢を見た。白い長い髪の女性が、姉の両手を握ると、その両手が青い光に包まれたのだという。そして女性は「40年ある。大事に使いなさい」と告げた。
ある日、ユリウスが転んで怪我をした。心配した姉がその膝を撫でると、瞬く間に傷が癒えた。
ユリウスの姉は、それを仕事にしようとした。領民の子が足を切った、手首を痛めた、ひどい熱をだした、そう聞くとユリウスの姉は飛んでいき、これを治療しては麦や野菜を分けてもらった。子爵令嬢が足を捻ってしまったのを治療して、銅貨を数枚もらった。伯爵令息が落馬して体を強く打ったのを治療して、金貨を十数枚もらった……。そんなことを繰り返し、ユリウスの姉は「“聖女”の力を持つ」と称えられるようになっていった。
“聖女”の力によって、ユリウスの家は段々と豊かになっていった。ユリウスも、両親も、ユリウスの姉自身も喜んでいた。
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