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グラシリア一族は、クラリッサを返すまで皇族含め宮廷官吏に調剤しないと主張した。しかし、皇族にとって“聖女”の力とは垂涎もの、エーヴァルトは皇帝に代わってグラシリア家の薬草庫の焼却命令を下した。クラリッサはすぐさま“聖女”の力を使うことを決め、懇願したが、薬草庫は燃やされ、治療をせねば一族を追放すると脅された。
そうして、クラリッサはエーヴァルトに命じられるがままに次々と貴族を治療し始めた。皇族は、有力貴族から財産を巻き上げ、その蓄えられた力を削り、皇族の地位を盤石なものとしていった。
しかし、一族がクーデターを起こし、クラリッサを逃がしてくれた。一族は二度と帝国で働くことはかなわなくなったが、それでもクラリッサを逃がしてくれた。クラリッサも、一族が追放されてでも逃げ出した――ただ、自分が死ぬのが怖かったから。
「臆病な愚か者でしょう」
“聖女”を嫌悪していないとしても、それだけで幻滅しただろう。クラリッサは自嘲したが、ユリウスはにこりとも笑わずにいることに気付き、笑みを引っ込めた。
「……そう思いませんか?」
「思わんな。死が怖くない者などいるものか」
それは“聖女”を姉に持ったゆえか、戦線に身を投じる騎士ゆえか。
「第一、見ず知らずの他人のために命を削るなど、そんな見上げた優しさを、この世の誰もが持てるものか。それができないほうが当たり前だ。……まったくもって、馬鹿げている」
この人が、帝国皇子であればよかったのに。クラリッサは笑ってしまった。たとえ慰めの言葉だとしても構わない。ユリウス様のような人が皇子であれば、きっとグラシリア家が離散することも、薬草庫が失われることもなかった。
……もしかしたらクラリッサも、ユリウスのためなら力を使ったかもしれない。クラリッサは、自分の掌を見つめる。いつかもう一度、この力を使うことがくるのだろうか。
「……長話をしてしまったな」
クラリッサが相槌を打つ前に、ユリウスは背を壁から離した。
まだ、帰らないで。そう口にしてしまいそうになり、ぐっと言葉を呑み込んだ。もっと話していたいなんて感情は、自分だけの我儘だ。
「……ありがとう、ございました」
「いや。我が帝国皇子があの有様とは、呆れたものだな」
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