14人が本棚に入れています
本棚に追加
現に、ユリウスは愛想ひとつ振りまくこともなく、それどころかいつもよりもさらに足早に、クラリッサが止める間もなく馬に跨る。
ただ、その手綱を引く前、一瞬ためらう気配を見せながら……口を開く。
「君は、自分を臆病な愚か者だと言ったが」
「……はい」
「……聖女は、その力を使わなければならない存在ではない。少なくとも俺はそう思っている」
それは、姉に向けた言葉か、それとも、クラリッサに向けた言葉か?
「ではまた二日後」
前者だとしても、ユリウスなら、力を使わないでいることを許してくれる。駆けていく後ろ姿を見送りながら、その優しさを胸に抱きしめていた。
その二日後のことだった。
いつまでもユリウスがやってこない。その日のぶんの薬を用意し終え、いつも以上に耳を澄ませ、堪えきれずに何度も窓の外を見て、それでもユリウスはやってこなかった。
まさか、なにかあったのだろうか。胸には得体の知れない不安が押し寄せてくる。……まさか。いや、大丈夫だ。ユリウスはもうすぐやってくるはず。いま感じている恐怖は、ただの勘違いか、妄想か……。
カッカッカッと蹄の音が聞こえ始めたのはそのときだった。勢いよく振り向いた扉の向こう側からは、急くような音が聞こえてくる。ユリウスの馬ではない、気がするが……いやいつもより足が速いから別の音に聞こえるのか……。
その足音が止まるか止まらないかのうちに、小屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「リサ様!」
ユリウスではない。そう気付いたクラリッサの前に現れたのは、ローマンだった。
そのローマン、その片腕を首から三角巾で吊り、顔面にも痛々しいほどの怪我をしていた。それでもなお分かるほど、その顔には焦燥が露わになっている。
「どう……ユリウス様、は……」
「騎士団長が負傷なさったのです!」
状況を訊ねる前に、彼はすがりつくように、ぼろきれのようなクラリッサの服の裾を掴んだ。その目には恐怖と――期待が映っており、クラリッサは瞬時に理解した。
「リサ様は、本当は聖女なのでしょう?」
きっと彼は、あの日の皇子とのやりとりを聞いてしまったのだ。そしてきっとユリウスは――。
「どうか、騎士団長を救ってください」
最初のコメントを投稿しよう!